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木の葉燃朗のばちあたり読書録

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た    

■著者別「た」
たかぎなおこ『上京はしたけれど。』 / たかぎなおこ『のほほん風呂』 / たかぎなおこ『はじめてだったころ』 / たかぎなおこ『ひとりぐらしも5年め』 / たかぎなおこ『ひとりぐらしも9年目』 / たかぎなおこ『ひとりたび1年生』 / たかぎなおこ『ひとりたび2年生』 / たかぎなおこ『150cmライフ』 / 高野文子『るきさん』 / 高橋源一郎『追憶の一九八九年』 / 高橋源一郎『人に言えない習慣、罪深い愉しみ 読書中毒者の懺悔』 / 高橋源一郎『平凡王』 / 高橋源一郎『ぼくがしまうま語をしゃべった頃』 / 『現代詩手帖特集版高橋源一郎』 / 高原直泰『病とフットボール―エコノミークラス症候群との闘い』 / 高見沢潤子『のらくろ ひとりぼっち―夫・田河水泡と共に歩んで』 / 竹内正実『テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男』 / 武田 泰淳『十三妹(シイサンメイ)』 / 武田花『嬉しい街かど』 / 武田百合子:文・野中ユリ:画『ことばの食卓』 / 武田百合子『日日雑記』 / 武田百合子:文・武田花:写真『遊覧日記』 / KAWADE夢ムック『別冊文藝 総特集 武田百合子』 / 竹永茂生『拾う技術』 / 武満徹(小沼 純一:編)『武満徹対談選 仕事の夢 夢の仕事』 / 竹縄昌 『日本最初のプラモデル 未知の開発に挑んだ男たち』 / たごもりのりこ作・絵『ばけばけ町へおひっこし』 / たごもりのりこ「もののけ工作絵巻」(雑誌『おおきなポケット2003年9月号』) / たごもりのりこ作・絵『ばけばけ町のべろろんまつり』 / 田沢竜次『東京名画座グラフィティ』 / 田尻智『パックランドでつかまえて テレビゲームの青春物語』 / 舘神 龍彦『アイデアを生むデジアナ道具術』 / 舘神 龍彦『手帳進化論−あなただけの「最強の一冊」の選び方・作り方』 / 田中雄二インタビュー・文『イエローマジックオーケストラ』 / 田村隆一『ぼくの人生案内』

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本に貼られているリンク先は、特に記載がない場合オンライン書店ビーケーワン の紹介ページです

2004.11.21(日) 著者を応援したくなる本
・たかぎなおこ『上京はしたけれど。』(2004年,メディアファクトリー)
 イラストレーターの著者が、六年前に三重から東京に出てきて、色々と苦労しつ つたくましく頑張っていく様子を描いたエッセイマンガ。
 東京で生まれ育った人間にはなかなか分からない、上京することへの期待・不 安、東京のいい所・悪い所がよく分かる。
 それとともに、東京で悲喜こもごもの生活を送る著者がものすごくかわいく思え て、応援したくなる本。特にたかぎ氏は、『150cmライフ。』(2003年,メディアファク トリー、bk1の紹介ページ)という著作もあるように、身長150cmの女性。そういう人 が頑張っているというのが、個人的には応援したくなる。まことに勝手ながら、「著 者萌え本」と呼んでしまおう。
 そんな大変な思いをした著者が、上京して一年目に銀座のストリートギャラリーへ 作品を展示する機会を得た話、そしてその作品を見に、著者の家族(両親・姉・ 弟)がみんなで東京にやって来て、記念撮影をする話は、読んでいてちょっと泣き ました。
 著者の東京での生活は、『ひとりぐらしも5年目』(2003年,メディアファクトリー、 bk1の紹介ページ)でも読むことができます。
 それから、著者のサイトはこちら。ホクソエムhttp://muku.moo.jp/
オンライン書店bk1の紹介ページ(上京はしたけれど。)

2004年4月17日(土)ばばんばばんばんばん
たかぎなおこ『のほほん風呂』(2004年,産業編集センター)
 エッセイマンガである。季節にあわせて、風呂に入れる入浴剤を紹介している。 入浴剤といっても、いわゆる市販の「温泉の素」みたいなものではなく、ワイン、サ クラ、牛乳など。こうしたものを風呂に入れて、その効用・入ったときの漢字などを マンガでレポートしている。
 絵も文章もかわいい雰囲気が漂う。タイトルどおりの「のほほん」とした感じの本 だ。どちらかというと女性向かもしれない。著者が女性だから、入浴剤を使うのも 女性の方がふさわしいのではないか。だって、俺が「ふふふーん、今日はハチミツ 風呂にしようかしらん」なんてやっていたら不気味でしょ。
 でも、俺にとっても半身浴とかダイエットのための入浴法なんかは参考になった。 あとは、風呂にまつわる思い出や、「風呂」「風呂敷」の語源の話などの風呂に関 するコラムなんかも面白かった。
オンライン書店bk1の紹介ページ

2005.09.02(金) テーマの選定も、登場するエピソードも面白い
・たかぎ なおこ『はじめてだったころ』(2005.6,広済堂出版)

 イラストレーターの著者が、様々な出来事を初めて体験した時の思い出をつづったエッセイまんが。
 紹介されるエピソードは、「はじめてのマクドナルド」、「はじめての徹夜」、「はじめての回転寿司」、「はじめてのスーパーヒーロー」などなど。いずれも、「そうそう」と思えるような話ばかり。そして、自分はどうだったかを思い出す。

 例えば回転寿司では、たくさん食べなければ損だと思った中学生時代の著者が、がむしゃらに食べ、結果途中で食べた寿司を戻してしまったのであった。俺は、戻したことこそないが、気持ち悪くなるまで食べた経験はあります。
 他にも、著者の徹夜は中学生のテスト前夜だったそうだが、俺は10歳か11歳の大晦日から元旦にかけてだった。あの頃(1980年代後半)って、大晦日から元旦の深夜の特番もほとんどなくて、映画ばっかりだったのを覚えている。元旦は初詣に行ってから半日近く寝ていたのも思い出しました。
 それから、近所の催しに来たゴレンジャー(といってもアカとミドリだけ)が、当時2歳の著者にとっては「ものすごくものすごく恐ろしいものに見え」(p.114)て、その日ゴレンジャーに見つめられる怖い夢を見たというのも、分かるなあ。俺も子どもの頃は、特撮ドラマは敵だけじゃなくて正義の味方も怖かった。
 あとは、「はじめての焼き肉バイト」で、最終日の休憩時間に、パートのおばさんのはからいで初めて焼肉を食べるシーンが、なかなか感動的。俺はアルバイトの経験なく就職してしまったが、惜しいことをしたかな、とも思う。
 こんな風に、読む人が自分の経験と比べて、「あるある」とか「そうそう」と思える、楽しい本です。
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オンライン書店ビーケーワン:はじめてだったころ

2003年9月5日(金) ほのぼのできるエッセイマンガを2冊(の1冊)
たかぎなおこ『ひとりぐらしも5年め』(2003年,メディアファクトリー)
 ひとり暮らしの様子を文章とイラストでつづったエッセイ。実家暮らしの人間にとっ ても、面白く、日々の生活で参考になる部分も多い。例えば、部屋のインテリアをど のようにするかとか、ひとり暮らしではどんな料理をつくるのが効率的でなおかつお いしいかとか、部屋でひとりで酒を飲むときに大事なことは、などなど。それから、 丼飯屋で女の人がひとりでご飯を食べるときの状況なんていうのも、男の自分に はなかなか意外な話で興味深かった。
 しかし、風邪をひいたときのつらさとか、実家に帰省して、そこから戻るときの切 なさなどは、ちょっとじんときた。他にも、著者は若い女性なので、色々な苦労があ るようだ。新聞の勧誘ひとつ断るのも大変だし、空き巣対策などの防犯も考えなき ゃいけない。
 なんだか、著者を応援したくなってしまう本だ。
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2009-05-09(土) 9年めはたくましく

たかぎなおこ『ひとりぐらしも9年目』(メディアファクトリー) Amazon.co.jpオンライン書店bk1

 イラストレーターである著者が、東京での一人暮らしについて綴ったコミックエッセイ。

 なんというか、9年目ともなると、とてもたくましく感じる。深夜にコンビニにコピーを取りに行くことや、明け方に朝刊が届く音などにびびったりしながらも、スーパーの刺し身の特価品を狙うとか、出汁や調味料から料理をするとか、家具の自作に挑戦するとか、大変かもしれないが楽しそうな生活を送っている。

 結婚した弟や友人を見ながら、これからいつまで一人暮らしが続くのか考えつつも、様子を見に来たご両親もその様子に安心しているし、一人暮らしは気楽で気ままなことも多いし、という感じのたかぎさんのようです。

 ファンとしては、これから起こるエピソードが、また本にまとまることを期待したい。

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2003年5月3日(土) ほのぼのできそうなこの1冊
たかぎなおこ『150cmライフ』(2003年,メディアファクトリー)
 身長150cmのイラストレーターが、日々をつづったイラストエッセイ。なんだかほ のぼのしてしまう本。いろいろ大変なこともあるようなのだが、楽しそうな日々なの である。暮らしの中での工夫だとか、満員電車の中でのつらさなどは、身長178cm の俺には気付かないようなことも多い。
 ファッションについての話も全体の4分の1くらいにかけて書かれているので、女 性は「ふーん」と思うことも多いのではなかろうか。男の俺が読んでも「へえー」と思 うような話があった。自分の身長にあわせたおしゃれのしかた、服の選び方は、興 味深かった。
 その他、学生時代の話(学生時代から背は低かったようだ)、海外での体験や、 著者と同じように背の低い人々の仕事の話など、どれも面白く読んだ。ほとんどの ページが著者の手書きのイラストと文字で、これがまた味がある。
 著者のホームページもあるので、興味がある人はどうぞ(著者名のところにリンク を貼りました)。
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2007-12-13(木) 1年生はほほえましく

ひとりたび1年生たかぎなおこ『ひとりたび1年生』(メディアファクトリー)Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス

 イラストレーターたかぎなおこさんのエッセイマンガ。日本各地への、初めての一人旅の様子をつづっている。
 第1回が、1泊2日の2日目だけ一人で鬼怒川・宇都宮を旅し(1日目は友人との旅行)、2回目は鎌倉で1泊2日と、まずはウォーミングアップという感じ。しかしそれでも、宇都宮で気になる餃子屋が、お客さんが他にいなくて入りづらく断念したり、鎌倉の由比ガ浜からホテルに歩いて帰ろうとして迷子になったり、一人旅の醍醐味(?)を味わっている。面白かったのは、鬼怒川のライン下りに参加した時、目の前にいた一人旅のおばさんをお母さんだと思ったら、ちょっと気分が落ち着いた、という話。この気持ちは、なんとなく想像できるなあ。

 その後、長野の善光寺の宿坊に行ったり、岩手の花巻で自炊のできる湯治場に泊まったり、深夜バスで博多まで旅したり、沖縄でダイビング講習を受けたりと、徐々に活動範囲も広がっていくのが、レベルアップしていく感じで面白い。最後は京都と、たかぎさんのふるさとである三重県内を旅して、この巻は終了。

 私は一人旅はおろか、東京を出ることもほとんどないのですが、読んでいると楽しそうだと思えてくる。事前にしっかりと準備をしておけば、ひとり旅といってもそんなに不安に思わなくていいのかなあと。
 中でも、沖縄には、ちょっと行ってみたくなった。

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2007-12-13(木) 2年生はたくましく

たかぎなおこ『ひとりたび2年生』(メディアファクトリー)楽天ブックスオンライン書店bk1Amazon.co.jp

 イラストレーターたかぎなおこさんが、日本国内を旅した様子をつづったエッセイマンガ。
 前作『ひとりたび1年生』と比べてたくましくなったというか、旅の経験値が上がっているのが面白かった。
 今回は寝台特急での北海道旅行に始まり、フェリーで四国への旅行、青春18きっぷでの里帰り、伊豆での断食、沖縄でウィークリーマンションを借りての2週間の生活と、かなりバラエティに富んた旅をしている。最後には沖縄から帰る予定の飛行機が悪天候で欠航というアクシデントに偶然遭遇してしまうという、貴重なエピソードも紹介されている(ご本人は大変だったと思うが)。
 旅行が苦手な私が読んでも、「ちょっと行ってみたい」と思わせてくれる。それくらい、旅を楽しむたかぎさんの様子が微笑ましく、うらやましい。
 そして3年生があるとしたら、いよいよ海外なのだろうか。楽しみです。

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2005.1.8(土)身長178cmのおっさんが読んでも面白かったです。
たかぎなおこ『150cmライフ。2』(2004年,メディアファクトリー)
 身長150cmの著者による、日々のエピソードを集めたエッセイマンガ。色々と大 変なこと、苦労することがあるんだなあと思う。例えば、

・新幹線の自由席に座っていると、後ろからは誰もいないように見えるのだが、前 に来ると座っているのがわかってがっかりされる(150cm in 乗りもの)。
 とか、
・自分に合うサイズの服(Tシャツやエプロン)がなかなか見つからない(しくじり of  150cm Tシャツ編・エプロン編)
 など。

 しかしそれでも、色々と工夫しながら日々暮らしている著者の様子は、なんだか ほほえましい。身長178cmのおっさんである俺も、楽しめました。
 また、ヘアスタイルやメイク、洋服の直しについて、プロの方々に取材した様子も 紹介されているので、実用的な情報源としても役に立つのではないでしょうか。

2003年8月23日(土) のんびりできるこの1冊
高野文子『るきさん』(1996年,ちくま文庫)
 名前のみ知っていたが、読んだことはなかった高野文子氏の漫画。偶然立ち読 みしたら非常に面白かったので購入を決める。
 不思議な魅力があって、はまってしまった。主人公の「るき」さんは、自宅で病院 の保険請求の事務仕事をしている20代後半〜30代前半とおぼしき女性。でも、1 か月分の仕事を1週間で終えてしまい、後は隠居のような生活をしている。この生 活がのんびりしていてなんともいいのだ。るきさんみたいに生きてみたいなあ。
 主な登場人物はるきさんと友人のえつこさん。このえつこさんは、標準的なOLさ ん。この漫画が掲載されていた『Hanako』(マガジンハウス)の読者層に近い人物で はないだろうか。このふたりのなんでもないように過ぎていく日々が、ほのぼのとし た面白さを感じさせる。こういう生活がなかなかできないだけに、あこがれてしま う。
 高野文子氏の漫画、他にも読んでみたいのだが、なかなか立ち読みできる本屋 が少ないので、どんな内容なのかわからん。作品について詳しく知る方法はないも のだろうか。
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2003年10月24日(金) 一挙に2冊、高橋源一郎特集(の1冊)
高橋源一郎『追憶の一九八九年』(1994年,角川文庫)古本
 高橋源一郎氏の1989年の日記である。しかし、これは小説だな。当時世の中や 氏の周辺で実際に起こった出来事も、実在の人物も出てくるが、それでも小説だと 思って読んだ方がいい。氏も「文庫版あとがき」で書いている。「小説家が書いた日 記なのだから、その真贋を疑ってかかるというのが常識というものだろう」(p.339)、 「事実を書きつづけるのは大変だ。わたしがそんなに勤勉なわけがないじゃありま せんか」(p.339)と。
 しかし、よく1989年という年を選んで書かれたものだと思う。この年は本当に色々 なことがあった。始まって1週間で昭和が終わり、手塚治虫、美空ひばりなど昭和 を代表する人々も亡くなった。竹やぶでは1億円が見つかり、消費税は導入され、 リクルート事件や宮崎勤による連続幼女殺害事件も起きた。世界に目を向けれ ば、天安門事件やベルリンの壁の崩壊もこの年だった。
 そんな年に、氏はなにをしていたのかといえば、小説『ペンギン村に陽は落ちて』 の執筆と競馬と買い物の日々、という印象が残る。そして、実にたくさんの人に会 っている。それから、プロ野球に言及している部分も記憶に残った。
 もう少し個々の出来事では、ねじめ正一氏の小説『高円寺純情商店街』の直木 賞受賞を予想し的中したり(競馬だけでなくこういうことも当てるとは!)、ファミコン ゲーム『マザー』に夢中になったり、エッセイ集『ぼくがしまうま語をしゃべった頃』の 印税を巡り、単行本の版元であるJICC出版とのトラブルを経験したりなどといった ことが印象に残った。
 しかし、氏の心情や考えていることとともに、経験したことも(ささいなことも含め て)多く書かれているので、面白く読んだ。もちろん書かれていないことも多いと思 うが。
 また、氏のファンとしては、他の著作と内容が関連しているのも興味深かった。他 のエッセイや小説の元になる話もちらほらと見られる。

2003年10月24日(金) 一挙に2冊、高橋源一郎特集(の1冊)
高橋源一郎『人に言えない習慣、罪深い愉しみ 読書中毒者の懺悔』(2003 年,朝日文庫)
 書評集。1999年から2003年までの間に、朝日・読売の両新聞と、雑誌『週刊朝 日』に掲載されたもの。割合としては、週刊朝日が7割、読売新聞が2割、朝日新聞 が1割といったところ。掲載時期としては読売→週刊朝日→朝日新聞の順で最近 のものになる。まあ、こんな分析はあまり意味がないか。書評の内容が掲載媒体 や執筆時期で劇的に変わっているわけではない。
 高橋氏の書評の魅力は、紹介した本を読みたいと思わせてくれること。この印象 は昔から変わらない。まったく知らない作家への興味をわきおこしてくれる。この本 にもそうした面白さはあるが、今回は読者としての高橋氏のあり方に興味を持っ た。多分、俺自身が本を読み、本について書いていることとも関係があるのだと思 う。例えば、こんなところには強く共感した。
「ぼくは、本ならなんでも好きだけど、中でも『本の本』、つまり本について書かれた 本を読むのが好きだ。その時、ぼくは『本』を読むのではなく、ある作者の『本の読 み方』を読むことになる。そして、すぐれた作者の『本の読み方』は、ほとんどの本 よりずっと面白い」(p.38)
 それから、こんな記述には、素人ではあるが文章を書いているものとしてはちょ っとどきっとさせられる。
「最近、荒川洋治さんの誌を読んでいたら、『ぼくは連日、書評ばかり書くので/作 品ではあらすじを書きたくない、/「彼は銀行員、娘と二人暮らし、彼女には好きな 人がいて、ある日、」/は絶対書かない』という箇所にぶつかって、思わず、『その 通り!』と叫んだ。叫ばずにはいられないではありませんか。まあ、それだけの話 です」(p.194)
 もちろん、こういう読み方だけでなく、書評としてこれから読む本のヒントをもらっ たり、高橋氏の文章からまだ見ぬ本やかつて読んだ本に思いを馳せたり、色々な 楽しみ方ができるだろう。
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2003年7月22日(火) 非凡な才能が平凡な日常を書いたこの1冊
高橋源一郎『平凡王』(1996年,角川文庫) 古本
 作家高橋源一郎氏のエッセイ集。氏のエッセイ集というと、文学に関するものが 多い印象があるが、この本は少し雰囲気が違う。全五章からなり、それぞれの章 は次のような内容です。
 平凡な人生をおくる:若い頃の話を中心に色々な話が出てくる。 
 平凡な旅をする:旅行記。1990年のドイツ探訪や、オーストラリア旅行、アメリカ の大リーグ観戦記など。
 平凡なことをする:身近にある場所の話。ディズニーランド・サンシャイン水族 館・温泉の他、競馬場・コンビニ・病院・はとバスツアー、果ては出版社の保養所で のカンヅメ体験などもある。
 平凡なことを考える:テレビ評。エッセイの書かれた時代の雰囲気を感じさせて くれる。個人的には一番面白かった。
 平凡な猫を飼う:「氏の飼い猫の日記」という体裁の書評集。氏の書評は、その 本を思わず読みたくなるところがいいよなあ。
 この本は文庫版だが、もともとは1993年に出版されたもの。収められているエッ セイは、初出はないのだが、多分1990年前後に書かれたものだと思う。登場する 固有名詞から、そのことが解る。当時の世の中がどんな風だったのかが氏の目を 通して描写されるのを読んでいると、なんともいえない面白さがある。

2003年10月6日(月) ちょっと昔の時代の空気を感じるための1冊
高橋源一郎『ぼくがしまうま語をしゃべった頃』(1989年,新潮文庫)古本
 1980年代に、様々な雑誌などに掲載されたエッセイを集めた本。内容は、文芸時 評、マンガ評、テレビ・芸能評の3つに大きく分けられる。
 文芸時評は、詩とアメリカ文学についての話が多い。自分はよく知らない固有名 詞(人名、作品名など)も登場するが、それでも面白く読めてしまう。中には、なん の先入観も予備知識もないが、氏の紹介文を読むと読みたくなってしまう本もあ る。ブルーノ・ムナーリ『ナンセンスの機械』(1979年,筑摩書房)なんて、面白そう だ(ブルーノ・ムナーリについては、本を中心にしたオンラインのセレクトショップ「ユ トレヒト」でも紹介されていた)。
 マンガ評に登場するのは、比較的少女マンガが多い。テレビは、当時の様子が 思い出せてなつかしい。俺が物心ついたころのテレビ番組なども多い。
 それから、高橋氏が荻窪に住んでいた頃の様子や、当時執筆していた小説の話 なども出てきて、興味深い。その書いている途中の小説が『ジョン・レノン対火星人』(1985年角川書店,1998年新潮文庫)や『虹の彼方に』(1984年中央公論社, 1998年新潮文庫)だったりするのである。

2004.3.27(土) 改めて高橋源一郎を知るための1冊
『現代詩手帖 特集版 高橋源一郎』(2003年,思潮社)
 小説家の高橋源一郎氏にまつわるエッセイ・論考・対談、キ−ワ−ド事典にブッ クレビュー、さらには写真も掲載されている、なかなか盛りだくさんの本。
 まず、巻頭の氏の写真に驚いた。俺にとってはまだ若々しいイメージのある高橋 氏も、もう50歳を超えている。その現実が、写真で如実に現れた。
 また、実は俺は最近の氏の小説は読んでいない。最後に読んだのは『ゴーストバ スターズ』(2000年,講談社文庫)で、その後の作品群は未読。ということで、改め て小説家としての氏の現在をこの本で知った。そして、氏の最近の小説も読みた いと思った。『日本文学盛衰史』(2001年,講談社)なんて、この本での紹介を読ん でがぜん読みたくなった。
 ただこの本自体は、やっぱり他人が氏について書いている部分よりも、氏の書い た、話した部分のほうが面白かった。例えば、次のような対話の数々。
・討議「高橋源一郎・谷川俊太郎 誌のこえ、小説の声」
・対話「高橋源一郎・加藤典洋・永江朗 言葉・革命・セックス―高橋源一郎と80年 代以降の現代日本文学」
・対談「高橋源一郎・保坂和志 <小説>とはなにか―高橋源一郎の近業から」 

 また、福永信:編「『ポップ』へ―高橋源一郎語録」、陣野俊之「12 BOOK  REVIEW」、中垣恒幸・鈴木繁「40 KEY WORDS」も面白かったし、年譜・書誌(中垣 恒幸:編)も興味深かった。
 その他、吉本隆明・関川夏央・藤井貞和・伊藤比呂美・三浦雅士・大塚英志・小 谷野敦らの諸氏によるエッセイ・論考、それからしりあがり寿氏のマンガなども掲 載されています。
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2008-01-07(月)一流のプロとして戦い続ける気持ちと自信

病とフットボール―エコノミークラス症候群との闘い (角川SSC新書 (016))高原直泰『病とフットボール―エコノミークラス症候群との闘い』 (2007年12月、角川SSC新書) Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス

 日本のサッカーを代表するフォワードのひとり、高原直泰選手による本。
 本の内容は、大きく分けて二つ。ひとつは高原選手の「肺血栓塞栓症」(通称「エコノミークラス症候群」)という病気の話。もうひとつは、高原選手のサッカー選手としての考え方について。

 「エコノミークラス症候群」については、名前こそ知っていたが、詳しいことはほとんど知らなかった。特に、一度発症したら、常に再発のリスクがあるという話は衝撃的だった。事実、高原選手は2002年、2004年の2回、病気を発症している。それだけに、高原選手は常に自分の体を気遣いながらプレーを続けている。もしも、それでももう一度発症した場合はサッカー選手を引退する覚悟があるという。なぜなら、「現在は、自分なりに気をつけてやっているので、それでもなってしまうのであれば、もう打つ手がない。(中略)次にまた発症するようであれば、どうしうようもない。自分の命にも徐々に関わってきてしまいますから」(p.45)。

 そのような状況の下で、サッカー選手として高い目標を持ち、これまでの選手生活も、現役の今も、引退後のプランもしっかりした計画を考えて行動している高原選手には、強いプロ意識を感じる。例えば、サッカーの強い中学校に通うため、新幹線で通学してサッカーと勉強を両立させたり、1999年のワールドユースに出場した時点で海外でのプレーを考えていたり。また、これまでの自分のプレー、日本代表のプレーについても冷静に分析し、はっきりと意見を述べている。それは例えば、2007年のアジアカップで日本が4位に終わった原因の分析や、これから日本のサッカーのレベルを上げるための考え方(早い段階で相手チームも含めた日本代表の試合スケジュールを決め、できるだけ海外で試合を行うべき)など、あまり現役の選手は口にしない内容も含まれる。これはやはり、自らのプレーや考えに対する自信があってのものなのだろう。
 その自信は、2004年8月のアテネオリンピック直前に、病気を理由にメンバーをはずされたことへの怒りにも表れている。2004年5月に、エコノミークラス症候群を再発したことを受けて、日本の医師が高原選手をメンバーからはずすことを決定した。「しかし納得できないのは、最終的に自分を診ていない医師が、一般的な症例をもとに判断したということです」(pp.39-40)。「実際、アテネ五輪が開催されている時期には、復帰してブンデスリーガに出場していましたから。一般的な症例で判断されても、意味がありません。自分はサッカーでメシを食っている、プロのスポーツ選手なのですから」(p.40)。「それに、日本の医師が、診ないで決めるのなら、なぜもっと早く決断してくれなかったのか。不思議で仕方がありませんでした。決断を先延ばしにすることで、チームに多大な迷惑がかかりました」(p.40)。こうした部分にも、病気を抱えながら一流のプロとして戦い続ける気持ちと自信が表れていると思う。

 この本の最後に、高原選手はこんなことを言っている。「誰にとっても、人生でこれだけは譲れないということがあるでしょう。/俺にとっては、それがワールドカップです」(p.165)。2002年は病気のために欠場、2006年は怪我のために万全のコンディションで臨めなかった高原選手は、「2010年の南アフリカ・ワールドカップは、俺にとって最後のチャンスになるでしょう」(p.40)と言い、今回のワールドカップには、予選から万全の状態で出場したいと考えている。そのために、「近い将来、日本に戻ってプレーすることも考え始めて」(p.166)いたらしい。この本の中では、現在の所属チーム(ドイツ・ブンデスリーガのフランクフルト)との契約の終了する2009年6月頃がその時期と考えていたようだ。
 しかし報道にあったように、高原選手は2008年からJリーグの浦和レッズでプレーすることがほぼ確定したようだ。ワールドカップへの準備が、予定よりも早く始まったことになった。

 これからJリーグで、日本代表で、高原選手がどのようなプレーを見せてくれるのか、非常に楽しみである。

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・高見沢潤子『のらくろ ひとりぼっち―夫・田河水泡と共に歩んで』(光人社NF文庫):bk1Amazon.co.jp(2007-03-22読了)
 著者は『のらくろ』で知られる田河水泡氏の夫人であり、評論家小林秀雄の妹。その著者が、田河氏との思い出を中心につづった本。

2003年3月26日(水) 面白い伝記を読んでみたい人への1冊
竹内正実『テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男』(2000年,岳陽舎)

 「テルミン」という楽器がある。名前を聞いたことがある人もいるかもしれない。 一目見ただけで不思議な気持ちになるはずだ。
 図のような楽器で、AとBの金属製の棒に手を近づけ たり離したりすると音が出るのである。うまく手を動かす と、曲も演奏できる。映像で見ると、これは不思議だ よ。
 この楽器を発明したのが、ソ連の科学者テルミン (Lev Segeevich Termen あるいは Leon Theremin  1896〜1993)である。そのテルミン氏の生涯を、日本の テルミン演奏の第一人者である竹内正実氏がまとめた のがこの本。
 しかし、知れば知るほどテルミン氏の生涯は興味深い。20世紀のソ連〜ロシア のまさに激動の時代に、氏はさまざまな発明をしていく。なんと人体の冷凍保存や テレビジョンの原理も、1920年代に発明していた。またアインシュタインとの交流も あった。
 しかし、その後は実に数奇な運命を辿る。1930年代にアメリカに渡り研究を続け ていたが、1938年に突然失踪。そのまま死亡したものと考えられていた。実際は ソ連へと連れ戻され、強制労働や軍事関連の研究をさせられたりしていたのだ が、歴史からはテルミン氏の名も、テルミンという楽器も徐々に忘れられていっ た。
 だが1950年代のハリウッドで、映画の効果音にテルミンが使われるようになり、 ジョン・ケージ、ビーチボーイズ、レッド・ツェッペリンといった音楽家・ミュージシャ ンの楽曲の中でも使用されるようになる。さらに、ロバート・モーグによるシンセサ イザーの発明が、電子楽器の元祖といえるテルミンに光を当てる。実はモーグ は、テルミンの組み立てキットの製造・販売も行っていたのである。
 これらの出来事をきっかけに、音楽好きの人々の間でテルミンの名が知られる ようになり、テルミン氏の最晩年の1990年代に入って、氏の生涯を追ったドキュメ ンタリー映画『テルミン Theremin an electronic odyssey』も制作される。
 氏の生涯も、楽器と同じくらい不思議で魅力的だった。この本は、丁寧な取材や 資料調査の上で書かれている。映画もDVD・ビデオになっているし、知らない人は この機会にテルミンに触れてみることをおすすめしたい。
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2008-04-17 エピソードの積み重ねの面白さ

十三妹(シイサンメイ) (中公文庫)武田 泰淳『十三妹(シイサンメイ)』 (2002年、中公文庫)Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス

 中国の清の時代を舞台にした小説。中国宋代前期の『三侠五義』、清代後期の『児女英雄伝』、『儒林外史』という古典文学からそれぞれ主人公とテーマを借り、ひとつの小説にまとめたもの。とはいえ、この時代についての知識のない私が読んでも、十分面白かった。
 中心となる登場人物は三人。『児女英雄伝』から登場する、科挙に挑む文官の安公子と、彼の元に嫁いだ忍者らしき十三妹(シンサンメイ)こと何玉鳳。『三侠五義』からは、やはり忍者である錦毛鼠こと白玉堂。この三人にまつわる物語を軸に、様々なエピソードが登場する。風刺小説である『儒林外史』からは、著者のあとがきによれば「一つは、もろもろの忍者タイプについて、もう一つは試験制度のばかばかしさに対する痛烈な批判」(p.331)というテーマを借りているという。

 私は実は、最初は山田風太郎の時代小説のような奇想天外な物語を予想して読んでいた。しかし実際は、そこまで派手な活劇はない。初めには安家に忍び込んだ賊を十三妹が退治する場面もあり、その後も錦毛鼠と十三妹が不思議な情で結ばれつつ対決していくが、中盤以降は安公子の旅と科挙の受験が話の中心になる。
 それでも、清代の中国の様子を織り込みながら、色々なエピソードを積み重ねて描かれる物語は面白い。安公子に降りかかる苦難や、本筋の間に挿入される奇譚のようなエピソードなど、続きが読みたくなる構成。

 なおあとがきには、「安公子、白玉堂、十三妹の関係を、続編においてさらにつきつめて行く計画が、私にはある」(p.330)とあるが、続編はついに書かれることがなかった。その理由は、田中芳樹氏の解説によれば、この小説が書かれた1960年代の日本では中国歴史小説が読者に受け入れられる状況がなかったからではないかと述べられている。今となってみれば、非常に惜しい。

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2004年1月30日(金) 文才は受け継がれるのだなあと思う1冊
武田花『嬉しい街かど』(1997年、文藝春秋)古本
 雑誌『諸君!』(文藝春秋)に連載された、写真とその撮影日記をまとめたもの。 著者は写真家でありエッセイスト。武田泰淳・百合子夫妻の子でもある。だからと いうわけではないだろうが、文章に独特の雰囲気があって、読むと引き込まれるよ うな魅力がある。きっと、人や物を見る時の好奇心の向け方が面白いんだろうな。
 色々な場所に行っているし、その先で地元のレストランや喫茶店に入ったり(時 には正体不明の民家のまわりをうろうろしたりもする)、川原や土手を歩いたり、こ の行動力はこの人ならではのものだと思う。なにせ、廃車になって中に人が住んで いるとおぼしきトラックなどにも近づいてしまうのだ。それから、それぞれの町にい る人々を見る視線も面白い。小説みたいな台詞や風景の描写も出てくる。食べ物 の話も結構出てくる。そう考えると、母の百合子氏のエッセイにも通じるものがある なあ。
 文章の話が長くなってしまったが、写真もさびれた感じの風景と動物が被写体に なっているものが多い。場所は特定できないのだが、それだけに自分も写真を撮 ってみたくなる。もちろん、著者のような写真は俺には撮れるべくもないが、町の中 の古い建物や動物などは、撮ってみたくなるよなあ。

2004年3月6日(土) 食べることは大事だ。そして面白い。
武田百合子:文・野中ユリ:画『ことばの食卓』(1991年,ちくま文庫)
 エッセイ集。あとがきによれば「一九八一年から八三年にかけて、『草月』に連載 した十二篇と、ほか二篇を加えて、一九八四年末に作品社から上梓したもの」(p. 153)の文庫化。不勉強にして、『草月』がどのような媒体なのか(雑誌ではないかと 思うが)、調べてみたが解りませんでした。
 エッセイの内容は、タイトルどおり食べ物についての話が多い。著者の子どもの 頃の思い出話や、エッセイが書かれた当時の話など、書かれている時代について は色々だ。氏のエッセイには、もともと食べ物の話は多いが、この本に納められた ものについては、意識して書かれたという印象を受ける。
 食べ物の話と言っても、登場するのは地方の名産品だったり、高級な料理だった りするわけではない。日常的・庶民的なものを、あちこちに行って食べている。この 本の解説で種村季弘氏が、食べ物には中心の食べ物と周縁の食べ物があるとい う話を書いているのだが、この本に出てくるのは、まさしく周縁の食べ物である。
 ちなみに中心の食べ物というのは、宮廷の宴会の料理のように、権力を使ってあ ちらこちらから集めたもの。それに対し周縁の食べ物は、「あるきながら、走りなが ら食う。そこらにありあわせものを、通りすがりに手づかみで食う」(p.156)ようなも ので、具体的には「牛乳、おでん、キャラメル、シャーベット、オムレツ、おせんべ い」(p.156)などである。
 そんな周縁の食べ物が数多く登場し、そういう食べ物にふさわしい場所もたくさん 登場する。例えば後楽園球場(今の東京ドーム)のそばのサーカスのテントで、み んなが食べるうどんやおでんなど。例えば上野公園の花見の宴会を見て歩いた様 子。
 そうしたおいしそうな食べ物の描写の一方で、とあるオムレツ屋でまずいオムレ ツを食べてしまった時の様子も、また面白い。ちょっと長いが引用しよう。
「フォークとナイフをかまえて、オムレツのはじを切って口に入れる。べつだん、うん とおいしくもない。二度めに切ると、佃煮の塩昆布くらいの四角いビーフが、卵汁に まみれてぬるりと出てきた。舌にのせると、何だかへんな味。噛んでみるとちがっ たへんな味がしみ出てくる。二口目はソースをかけて食べてみる。もっと妙な味が 加わる。『そっちのは、どんな味?』『うん。普通の味』うつむいたまま娘が返事す る。三口目を食べる。『何だか、まずいような気がする』『うん。何だか』うつむいた まま娘が返事する。『こういう味のことを、まずい味と言うんじゃないかなあ』『うん』」 (p.104)
 また、人間の食事と、生と死を考えさせられてしまう文章もある。「花の下」とい う、85歳の老婆の話という形式で書かれた文章に出てくる、今では寝たきりになっ たいとこと鮨をお腹いっぱい食べた話など、特に印象に残った。「あのとき思い切り 食べといてよござんした。食べないでいればそれきりのこと」(pp.70-71)という言葉 なんて、考えさせられちゃいますよ。
 生きているうちに、誰を、なにを、どんな風に食べるかというのは、すごく重要なこ とだと思ったなあ。
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2003年9月29日(月) この本は文章を味わうように読みましょう
武田百合子『日日雑記』(1997年,中公文庫)
 著者は作家武田泰淳の妻であり、写真家武田花の母。1993年没。だが、俺はこ うした情報もこの本に載っていた著者紹介を読んではじめて知った。
 そんな俺がなぜこの本を読んだのかというと、まず書店で新刊ではないのに平積 みされていたのが気になったから。そして、立ち読みしてみて面白そうだったから。 それから、娘の武田花氏のエッセイを、かつて雑誌『頓智』(筑摩書房)で読んで、 印象に残っていたから。「あの人のお母さんの文章なら、面白いに違いない」と思っ たのである。なんだか、俺としては珍しいきっかけだ。
 この本の内容は、1988年から1991年にかけての身辺の出来事を綴ったもの。都 内での暮らし(映画や食事へ出かけた様子なども多い)、夏の間の富士山麓での 生活、京都などへの旅行の様子などが書かれている。当時還暦を過ぎていたとは 思えないくらいの行動力がある。
 日付の正確な記述はないが、季節を感じる話題もあり、また文章が書かれた時 代を思わせる部分も多い。美空ひばりのコンサートへ行った話だとか、昭和の終 わったときの話だとか。それから、文中にはさまざまな作家も登場する。大岡昇 平、埴谷雄高、深沢七郎、色川武大(阿佐田哲也)、村松友視などの名前が見ら れた。
 淡々としているのだが、読んでいるとどんどん引き込まれてしまう。なんというか、 非常に面白い話を聴いているときのように夢中になって読んでしまう。特に、文中 で「H」として登場する娘の花氏との関係が非常にいい。あまりべったりはしていな いのだが、互いを尊重していて、絆が強いのだろうと感じた。
 他の著作も、日記や身辺記録が多いようなので、読んでみたいなあ。
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2004年1月1日(木) ちょっとした旅行気分を味わいたければこの1冊
武田百合子:文/武田花:写真『遊覧日記』(1993年,ちくま文庫)
 1986年に、東京を中心とした色々な場所を歩いた記録。娘の花氏の写真との二 人三脚のエッセイ。歩いたのは、東京では浅草・上野・隅田川など。その他、富士 山や京都、珍しいところでは群馬県の藪塚ヘビセンターにも行っている。また最後 の章の「あの頃」は、終戦直後の東京の様子を描いたもの。
 文章が書かれた当時の町々の細かな描写も興味深く、またそこに登場する人物 の描き方も面白い。中には短編小説のような話もある。ささいなことや、言葉・話 が、実にいきいきと書かれている。俺が行ったことがある街は、その時のことを思 い出させてくれる。まだ行ったことのない街は、行ったような気分、行ってみたい気 分にさせてくれる。 文章が染みるなあ。読んだあとに、すごく充実した時間を過ご した気分になる。
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2004.5.25(火)武田百合子入門編にぜひ!

KAWADE夢ムック 文藝別冊 武田百合子 (KAWADE夢ムック) KAWADE夢ムック『別冊文藝 総特集 武田百合子』(2004年,河出書房新社):Amazon.co.jp楽天ブックスオンライン書店bk1

 いきなり根拠のない自論を書くが、すべての読書家はいずれ武田百合子の本にたどり着くのではなかろうか。これは本当に俺が勝手に思っているだけだが、そんな気がしてならない。なにしろ俺は、武田百合子の名前は知っていたが、著作をはじめて読んだのは2003年9月。それも書店で偶然手にとったのがきっかけだからだ。それが今ではすっかりファンになってしまっている。
 ということで、武田百合子を知らない方へ改めて紹介したいと思うのである。そして、武田百合子の著作を読むきっかけとしてこの本は非常に適していると思う。
 この本の主な内容は次のとおり。

 読んでいてなにより嬉しいのは、百合子氏本人の書いた文章が、しゃべった言葉が収録されていること。また一方で、他の人によるエッセイももちろん興味深い。年表も含めて面白い。魅力的な人だなあ。文章家としても、ひとりの女性としても。
 それから、武田百合子の本を手に取るのは偶然、というのは、特別なことではないらしい。川上・村松の両氏の対談から一部引用しよう。
「川上 私が武田百合子を知ったのは『ことばの食卓』を偶然手に取ったのが最初なんです。もうびっくりしちゃって、『何じゃこれは』って(笑)。それですぐバーっと全部読みました。
村松 偶然でしか手に取らないものね。文壇のどこかからアピールしてくる筋道があるわけでもないですからね」(p.111)
 この俺の紹介文でも、読む人にとって武田百合子と出会うきっかけになればいいと思う。
 さて、俺は早速まだ読んでいない著作を読むことにしよう。

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佐藤 雅彦著 / 竹中 平蔵著『経済ってそういうことだったのか会議』 (2002年・日経ビジネス人文庫)  Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス → 感想はこちら(さ行)

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2003年5月12日(月) 古本屋で見つけるのにふさわしいかもしれない1冊
竹永茂生『拾う技術』(2002年,リイド社) 古本
 わずか1年前(2002年6月初版)の本なのだが、こういう本が出ていたとは知ら ず、古本屋の店頭ワゴンでひょっこり見つけてしまった。
 内容は、著者がリサイクルショップでどんなものを購入したかという記録。絵画や 陶器のような美術品もあれば、食器やコート・ブーツのような実用品もある。俺はこ うした品々には興味はないのだが、この本を読む限り、リサイクルショップめぐりの 面白さは古本屋めぐりの面白さに通じるところがあると思う。著者がどんな店でど んな人に出会い、なにを買っているのかを非常に楽しく読んだ。
 そういえば、この著者も一風変わった人だ。寺山修司主宰の「天井桟敷」で演出 を担当後、広告業界で働きながら執筆活動をしているという。だからというわけで はないだろうが、文章のところどころにくせがある(なにせ2002年の本で「ブルセラ ショップ」とか「援助交際」なんて言葉が出てくる。これにはちょっと違和感を覚え た)。しかし、そのくせが平気なら、楽しめるのではないか。
 まあ、この本は新刊書店やインターネットで買うよりも、タイトルどおり古本屋の均 一台あたりで見つけるのがふさわしいのかもしれない。

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2008-08-05(火) 武満徹の明快さ

武満徹(小沼 純一:編)『武満徹対談選 仕事の夢 夢の仕事』 (ちくま学芸文庫) Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス

 作曲家武満徹の対談をまとめた本。最初が、テレビ番組『徹子の部屋』に出演した際の黒柳徹子さんとの対話(1977年)。これが非常に親しみやすく、導入として分かりやすい。
 この対話の中にも、武満徹が当時テレビや映画の音楽を多く手がけていた理由が語られている。「芸術音楽っていうのが、僕たちの日常の生活から乖離してきてる」(p.21、武満)ことのつまらなさに対して、新しいメディアのために仕事をしたいという。
 この、考え方の柔軟さは、この本の中で登場する後の対談にも感じることができる。私は、武満徹の音楽には難解(しかし面白い)という印象を持っているのだが、対話を読むと、非常に明快で分かりやすいし、ユーモアもある。

 順番に、印象的だった部分を紹介します。

<文化/伝統>
・杉浦康平との対話

 近代西洋音楽と、武満が訪れたインドネシアの民俗音楽の違い。
  近代の西洋音楽⇔インドネシアの民俗音楽
  他の場所に持ち運ぶことを考えていた⇔その土地の生活と密着している
  一部の天才が文化を進める⇔色々な人が演奏して、新しい音楽が生まれる

 日本(雅楽)とインドネシアの音楽の違い。
  日本(雅楽)⇔インドネシアの音楽
  一人で演奏し、暗い。音を出しにくくする⇔音が出しやすい
  音階を否定する。ひとつの音色を求める。即興がない⇔「時と場所に音階が結びついている」(p.58、武満)。「非常にシビアな規則を持っているけれど即興が許される」(p.59、武満)。

・辻靖剛との対話
 西洋の音楽と日本の音楽
  西洋の音楽⇔日本の音楽
  「若い人、七つ、八つの子どもでも、(中略)とっても素晴らしい音楽だといわれたりします」(p.77、武満)⇔「日本の音楽というものは、人間の人生、生きている歴史というものと、非常に深い関係がある」(p.77、武満)
  ある形に残って発展していく⇔「個人の一つの芸のなかで死んでいく」(p.87、武満)

<音楽へ>
・ジョン・ケージとの対話

 ジョン・ケージがキノコに非常に詳しい話や(だからレコードジャケットにキノコの絵を使ったのか)、ケージの曲を恐ろしいといっていた婦人に、ケージの母が「静かに言ったんだ。『私はこの作曲家の母親です』。すると、その婦人は『おお、あなたの御子息の音楽は素晴らしいわ』」(p.114、ケージ)と答えたエピソードは面白かった。これはやや余談のような部分だが。

・ヤニス・クセナキスとの対話
 フランスとドイツの音楽の違い
 フランス:「音自体の価値、音色というものが、昔から大切」(p.133、クセナキス)
 ドイツ:「ドイツの音楽が支配的であった時代は、二世紀続いてきました。それは構造、構成の抽象的な概念というものが裏側にあったからだと思います」(p.133、クセナキス)

 「人間というものはそれぞれが創造の手段と才能を持っていると思います」(p.139、クセナキス)。しかし音楽は、作曲には楽器の演奏や楽譜を書く技術が必要。それが作曲の才能を制限しているのではないか。
 ということで、クセナキスはコンピュータを使い、絵を描くことでそれが音楽になる「ユピックシステム」を作ったという。これは、現在の一部の電子楽器や作曲ソフトに通ずる考え方だろう。
 これに対して武満も、ヨーロッパ以外の音楽に特徴的な「だれがつくったものかということは私たちは余り気にしないで、音楽そのものを聴くことができた」(p.141、武満)状況が音楽を楽しむ理想的な状況という。

・キース・ジャレットとの対話
 聴衆は、ジャズの場合は何が演奏されるかを聴く。クラシックの場合は、知っている曲がどう演奏されるかを聴く(p.156、ジャレット)。
 純粋な音楽は、誰が弾いているかとか、ジャンルがなにかとかは関係がない状態(p.159、ジャレット)。これはクセナキスとの対話で武満が話していた内容と共通する。

<ジャズへ>
・ジョージ・ラッセルとの対話

 20世紀までは、技術を文化が抑えることができた。「今は技術がどんどん自己増殖するようなかたちですすんでいっている」(p.174、武満)。

・秋吉敏子との対話
 「ジャズは必ずしもクラシックのように、よく調律された声できれいにうたわなくたって、その人のうたい方があって、それが人に通じれば成立する」(p.198、武満)
 音楽の伝わり方は、国の文化の触れ合いではなく個人的な触れ合いしかない(p.219、武満)。
 他の誰かがやっている、考えていることについての二つの考え方:「だれかがやるからそれじゃ私はやらなくてもいい」(p.223、武満)または「それだから私がやってもいいだろう」(p.223、武満)。武満は後者だという。むしろ「人が考えていることだから僕はしなきゃだめだということじゃないか」(p.223、武満)。これはやや意外に感じたが、最初に紹介したテレビや映画の音楽を積極的に手がけたことには、この考え方も影響したのかもしれない。

・寺山修司との対話
 黒人の音楽であったジャズに対し、白人は憧れとともに悩みを持つ。それに対し、黄色人種である日本人は、「ジャズをただ道具にしちゃって、ジャズの中にひとつも入れないというところがあると思う」(p.232、寺山)。
 日本とアメリカでのジャズの演奏される環境の違い。アメリカでは「煉瓦のぶっ壊れたような廃ビルの中の安酒場で客が百人もいない、もう本当に四、五十人ぐらいの」(p.253、寺山)会場で演奏され、日本のようなホールでの公演とは異なる。寺山はこれについて「ジャズにとっては町こそが演奏会場であるべきだって気がした」(p.235、寺山)という表現もしている。
 もうひとつ。ジャズが素晴らしいのは、録音を聴く場合も、演奏者や日付を指定して聴くことだというのが、ふたりに共通した意見。

<言葉/イメージへ>
・谷川俊太郎との対話
・吉増剛造との対話

 ふたりとの対話には、芸術を創作するにあたって重要な点を感じた。例えば谷川との対話での「ほんとうの美しさというか澄んだものというのは、それこそ非常に猥雑なものの上にしかうまれない」(p.278、武満)や、「作曲っていうのは陶酔しつつそれを冷ややかに見られなければ、音符などというものをかかなければならないんですよ」(p.290、武満)、吉増との対話での「近松のものを読んで、字余りとか字足らずの、なにかギクシャクしたような、それこそ引っ掻いているような感じが大好きですけれど」(p.330、武満)など

・デヴィッド・シルヴィアンとの対話
・大竹伸朗との対話

 年代の離れたふたりとの対話でも(武満が1930年、デヴィッドが1958年、大竹が1955年の生まれ)、共通する感じ方がある。そこに、武満の柔軟さを感じる。

 デヴィットとの対話では、作品の題名の重要性について、抽象画に「無題」とある(しかも無題に番号が振られる)ことに二人とも憤ったり(p.345)、グローバル化する世界の中で、「これからいちばんおそれなければならないのはナショナリズムです」(p.358、武満)と、早くから予感し、それを食い止めるひとつの方法が個人としての交流だと提案している。

 大竹との対話では、ビートルズを例に、後々認められる芸術は登場したときに否定的に見られることを述べている(大竹はそれを「ほめられちゃだめなんだなと思いましたね」p.374と表現している)。これは岡本太郎も述べていましたね。
 それから、武満の「人間が生まれた頃の夢と、それから年百万年もたって見るわれわれの夢は、同じだろうかと考えると、同じでないあろうと思うんです」(p.386)という言葉には、色々想像が膨らむ。

<あのころは>
・黛敏郎・岩城宏之との鼎談

 これはそれまでとまた雰囲気が変わり、年代も近く古くからの交流がある三人での対話(黛が1929年、岩城が1932年の生まれ)。リラックスしていながらも、気心が知れているゆえの踏み込んだやりとりもある。
 NHKのドキュメンタリー『シルクロード』で使われたシンセサイザー音楽の批判とか(p.408)、芸術を大学で教えることの不要論(塾として教えるべきだし、「世界の音楽学校ってのは全部、塾ですよ」p.410、黛、ということらしい)。

 また、ナショナリズムの立場での活動を行う黛に対し、「そういう政治主義的なことは嫌です」(p.418、武満)と、冗談めかしながらもはっきり意思表示している。

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2009.04.19(日)

竹縄昌 『日本最初のプラモデル 未知の開発に挑んだ男たち』(アスキー新書)  Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス

 日本最初のプラモデルをつくった、マルサン商店に関わった人へのインタビュー集。マルサン商店の歴史をまとめたものというよりも、列伝といった感じで、ひとりひとりの証言を聞く、という形式。
 もっとボリュームがあってもとは思うが、それでもプラモデル黎明期の様子が分かって面白い。企画・製作・営業・広告と、登場する人すべてが手探りで、しかし情熱的に取り組んでいたのだと感じた。

はじめに
第1章 その時代とマルサン商店
第2章 金型を彫った男
第3章 売り歩いた男
第4章 組み立て説明図を描いた男
第5章 プラモデル流行をブーストした男
第6章 時を超えて
国産プラモデル50年の歩み(年表)
あとがき

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2004.8.3(火) たまには絵本もいいものです
たごもりのりこ作・絵『ばけばけ町へおひっこし』(2004年,岩崎書店)
 絵本です。絵本を読んだのは久しぶりだが、よく出来ているなあ。
 主人公のけんちゃんが、ばけばけ町へ引っ越してくると、住むはずの家が出かけ てしまっていた、というのが、物語の発端。読む人は、この発端でまず引き込まれ ます。
 そして、けんちゃんはお隣さんの猫のとらこちゃんとともに、家を探しに町中を歩 きます。この設定が秀逸で、町の人物や建物の紹介が自然に出来るのである。そ の登場人物がまた個性的で、一つ目のおまわりさんをはじめ、動物やものを擬人 化したキャラクターがたくさん出てくる。いずれもかわいらしい。
 こどもは、このばけばけ町を舞台にして、自分で色々な話が作れそうだ。そういう 意味で、非常に想像力が書きたてられる本。
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2003年8月16日(土) ときには童心に帰るこんな1冊
たごもりのりこ「もののけ工作絵巻」(雑誌『おおきなポケット 2003年9月号』 <福音館書店>収録)
 『おおきなポケット』というのは、小学校1〜2年生向けの絵本が掲載された雑誌で す。なぜ俺が自分には似つかわしくないこの雑誌を買ったかといえば、今月号にご舎の店主であり、イラストレーターであるたごもりのりこさんが物語を掲載してい るからなんですねえ。
 この「もののけ工作絵巻」、非常に楽しい。主人公の女の子さくちゃんが、工作で さまざまなもののけ(妖怪ですね)をつくっていくのだが、つくり方が掲載されてい て、読者も実際に工作をすることができる。子どもはきっと喜んでもののけをつくる のではなかろうか。なにしろ、俺もつくってみようかと思ったくらいだから。
 また、絵のタッチもかわいらしく、色も原色が多くて濃いのだが、それでいて重い 雰囲気がないという独特の魅力がある。ストーリーも、一番初めの場面転換で話に 引き込まれて、もののけをつくっていく場面はテンポがよくて、最後にはちゃんとオ チがついていて、よくできていると思う。

 それから、同時に収録されている甘友ういこ「いつもとちがうかえりみち」も、学校 からの帰り道に新しい友達に出会う様子を動物の擬人化で描いていて、読んでい て懐かしい気分に浸れる。こちらは淡い色使いがたごもりさんの作品とは対照的な 魅力がある。

 しかし、この内容の絵本が定価770円というのはお買い得だと思うなあ。雑誌の ため、8月いっぱいで店頭には並ばなくなってしまうかもしれませんが、今なら書店 の児童書のコーナーにありますので是非見てみてください。

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2005.07.19(火) ちょっぴり変わったお祭りの楽しさが味わえます
・たごもり のりこ作・絵『ばけばけ町のべろろんまつり』(2005.3,岩崎書店)
 知り合いのイラストレーター、たごもりのりこさんの絵本。「ばけばけ町へおひっこし」の続編です。今回は、年に一度の「べろろんまつり」が舞台。このお祭りの雰囲気が、非常に楽しそうです。
 ふだんは静かに立っているおじぞうさんが、おそなえものを食べて動き出す、という最初の場面が、日常とは違うお祭りの時間の始まりを感じさせて、そこから一気に物語へ引き込まれます。
お祭りの出店も、妖怪のしっぽをつる「しっぽつり」や、食べると顔の色が変わる「レインボーこおり」など、ちょっと変わっているけれど面白そうなものばかり。
 最後の、お祭りが終わってしまう時のなんとなく寂しい感じも含めて、お祭りの気分が味わえます。
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2007.02.04(日) 映画って本当にいいものだし、映画館も本当にいいものだと感じさせてくれる
オンライン書店ビーケーワン:東京名画座グラフィティ・田沢竜次『東京名画座グラフィティ』(2006.9,平凡社新書)
 目次は下記のとおり。

序章 名画座の愉しみ
第1章 渋谷−百円玉を握りしめて名画座へ−
 コラム1 プログラムは必需品
第2章 池袋−文芸坐オールナイトの夜は更けて−
 コラム2 映画館で何を食べるか
第3章 新宿−アートが集い、街がシアターに−
 コラム3 二番館とは
第4章 銀座・日比谷−ロードショウか名画座か−
 コラム4 私の愛する映画雑誌
第5章 あの街にもこの街にも映画館があった
 コラム5 自主上映会の隆盛
第6章 元名画座支配人・石井保氏は語る−聞き手・田沢竜次−
 コラム6 極私的名画祭

 目次を見ただけで、「おっ」と思う方は多いかもしれません。その期待どおり、非常に面白い本だった。ある物事を、本当に好きな人が持つ独特の熱気というものを、文章から感じます。
 序章にある「映画を映画館で観るという記憶は、数々の"映画館"の思い出やその"街"の思い出につながっている」(p.8)という言葉は、まさにそのとおりだと思う。特に、個性的な映画館ほど、映画の内容と、映画館を訪れた記憶が密接につながっていると思う。そういう意味では、自分のあまり多くない映画鑑賞の経験を思い返しても、いわゆる「シネコン」よりも、街の中にある映画館の方が、個人的には印象深い。
 著者が実体験とともに語るかつての名画座の話を読むと、映画館に行って映画が観たくなる。閉館してしまった映画館も多いが、今からでも色々な街にある色々な映画館に行ってみたくなる。
 欲を言えば、かつてと現在の、名画座の地図もつけてもらえれば更にうれしかった。特に閉館してしまった名画座の場所を、「今こうなっている所が、昔は映画館だったのか」と思いながら地図を眺めてみたい。しかし、これは自分で調べるとしましょう。
 ともあれ、映画って本当にいいものだし、映画館も本当にいいものだと感じさせてくれる本です。

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2002年9月1日(日)
田尻智『パックランドでつかまえて テレビゲームの青春物語』(2002年,エン ターブレイン)
 最初にこの本についてちょっと解説を。著者田尻氏は、(株)ゲームフリーク代表 取締役。この会社は、「ポケットモンスター(ポケモン)」(1996年)の制作で有名にな った。この本は、田尻氏がライター時代に、雑誌『ファミコン必勝本』(JICC出版・ 現宝島社)に連載したもの。連載は1988〜1989年にかけてで、1990年には単行本 化されている。今回読んだのはエンターブレインから復刊されたもの。
 少々長い紹介だが、これはこれらの文章が書かれた時代背景を知ってもらいた かったからだ。内容は、1978年の「スペースインベーダー」以降の話題になったア ーケードゲームと、そのゲームをめぐる若者の姿を書いた連作短編集。この小説 が持つリアリティは、当時を知る人ならより強く実感できるだろう。題材となるゲー ムは「ギャラクシアン」(1979年)・「クレージークライマー」(1980年)・「ゼビウス」 (1982年)・「マリオブラザーズ」(1983年)・「ハイパーオリンピック」(1983年)・「ドル アーガの塔」(1984年)などなど。
 俺も、これらのゲームはファミリーコンピュータ(ファミコン)に移植されたものを、 それこそ夢中で遊んだ。この小説にでてくるように、友達と色々な話をしたこともあ った。思い起こせば、当時はゲームが日常の中にがっちり組み込まれていたな あ。
 だから、この本を読むと非常に懐かしい思いに駆られる。当時ゲームセンターに 入りびたっていた人、家で怒られながらもファミコンをやり続けていた人には、たま らなく面白いだろう。
 なお、巻末の「ゲームフリークはバグと戯れる」という文章は、宗教学者中沢新一 氏の書いたものである。はっきりわかるように書いていないので念のため。

 さて、本題からは少しずれるが、『ファミコン必勝本』という雑誌自体が既に懐かし い。俺も小学生の頃、愛読していた。他のゲーム雑誌(『ファミリーコンピュータマガ ジン』(徳間書店)・『ファミコン通信』(アスキー)・『マルカツ(○の中に勝の字)ファミ コン』(角川書店)など)とはちょっと雰囲気が違っていて、そのあたりが好きだった のかもしれない。ファミコンを中心に据えたサブカルチャー雑誌という趣もあった。 「スーパーマリオの裏面」の記事も、一番最初に載せたのは『ファミコン必勝本』だ ったなあ。※1
※1 ファミコンの電源を入れたまま、『テニス』と『スーパーマリオブラザーズ』のソフトを抜き差しする と、見たことのないステージを遊べるという危険な裏技。裏技というよりも、プログラム上の不具合か。 知らない人は都市伝説だと思うかもしれないが、本当にできます。俺も実際に見たことがある。ただ し、下手するとファミコンが壊れるので、他の雑誌ではタブーの記事だった。詳細を知りたい方は、検 索サイトで「スーパーマリオブラザーズ 256W」で検索をすると、個人ページにアクセスできます。

 当時俺が小学生だったからかもしれないが、あの頃のゲーム雑誌は読者層が高 かった気がする。ちなみに、その後の俺はしばらくゲーム雑誌といえば『ファミコン通信』を読み続けるのだが、それはまた別の話。
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2008.02.27(水) 仕事にあわせて道具を選ぶ

アイデアを生むデジアナ道具術舘神 龍彦『アイデアを生むデジアナ道具術』(2007/12、エイ出版社) Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス

 仕事をするときに、「デジタルにはどんな特性があり、何に向いているのか。アナログに適した作業プロセスはどんなもので、何をアナログでやればいいのか」(p.4)を考える本。「京大式カード」のような古典的なものから、最新のwebツールまで、様々なツールが紹介され、それぞれのツールの使い方が考察される。
 中でも興味深かった部分をいくつか紹介します。

・手書きのメモをスキャナで取り込んでデジタルデータにする利点(pp.52-63)
・ディスプレイ(情報を見る場所)としての紙の利点。コスト・扱いやすさ・追記の容易さ(pp.98-101)。
・入力機器としての電子ペンの可能性(PP104-107)。
・デジタルツールのメリット「編集、送信、蓄積、複製、検索」(p.117)。
・デジタルカメラで撮影した画像をスキャンしてweb上にアップロードする「scanR」(p.147)。

 大事なのは、この本に書かれていることをそのまま真似することではなく、自分の仕事にあった部分を、必要であればアレンジして取り入れていくことだろう。ツールは多くが写真付で紹介されているので、好みのツールを見つけやすいのではないだろうか。

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2007-10-26(金)手帳の選び方、使い方は、その人の人生に関係してくる

手帳進化論―あなただけの「最強の一冊」の選び方・作り方 (PHPビジネス新書 42)舘神 龍彦『手帳進化論−あなただけの「最強の一冊」の選び方・作り方』(2007年10月、PHPビジネス新書)Amazon.co.jp で詳細を見るオンライン書店bk1楽天ブックス

 全5章からなる本。まず「第1章 手帳とは何か?−役割で読み解く手帳進化史」と「第2章 今手帳はどうなっているのか?−成り立ちから現代の”手帳術”を探る」で、手帳の意味合いがどのように変わってきたかを考察している。

 かつての手帳は、勤め先などから支給される「年玉手帳(ねんぎょくてちょう)」と呼ばれるものが主流だった。これは、「共同体の時間感覚と帰属感覚の象徴なのである。そして同時に、そこに書かれた規範を守るべきものとして持たされるものなのである」(p.22)。社是や業務に必要な便覧がついた企業独自の手帳や、学生時代の校則が書かれた生徒手帳などが、その代表例だろう。
 しかし、終身雇用という制度が終わりを告げつつある今、手帳のスタイルも変わってきた。年玉手帳と入れ替わるかのようにブームになったのが、いわゆる「夢実現手帳」。自ら決めた夢・目標やそのための行動を手帳に書きつけ、その目標の実現のために努力する、というタイプの手帳。「終身雇用を保障する大きな共同体が崩壊した今、手帳に書かれた行動規範は自分で書くものになった」(p.45)のである。

 それでは、こうした状況下でどんな手帳を使うのか。大げさな言い方かもしれないが、これはその人の人生に関係してくる。この手帳の選び方、カスタマイズ法、使い方を紹介しているのが、「第3章 手帳のシステムを知って、独自の”手帳術”を編み出す」、「第4章 手帳にアイテムを組み合わせて使う」、「第5章 手帳スイートを組み立てる」。

 まず、手帳を選ぶ上で、譲れる点・譲れない点を明確にしておく必要がある。この本では、そのための「手帳の選び方チェックシート」(p.89)も掲載されている。
 そして、その手帳の記入のルールを手帳に書くことから、手帳の使い方が始まると、著者は言う(pp.97-102)。

 更に、手帳とそれ以外のツール、特にデジタルツールといかに組み合わせるかを、第4章・第5章で提案している。例えば手帳に書いたメモをパソコンのテキストデータに入力して管理する方法(p.140)や手書きメモをスキャナで取り込み、pdfファイルにする方法(pp.133-134)、インターネットで公開されているデータ(*)を印刷して使ったり(p.159)携帯電話やパソコンの方が便利な部分では敢えて手帳を使用しない(pp.163-168)、などなど。

*例えば下記のサイトに掲載されているデータ
野口悠紀雄 | 「超」整理手帳2008シリーズ
能率手帳資料ページ[koyomi365]

 単に手帳術を知りたい人は、第3章以降を読むか、著者の他の手帳関連の著作を読んでもいいのだが、この本の第1章・第2章にも大きな意味がある。それは、自分の手帳に対する立ち位置を考えることができる、という点。自分がどういう生き方をしているから、どういう手帳が必要か、という視点で、改めて手帳について考えることができる。

 私も、この本を読んで、2008年の手帳について再検討することにしました。実は既に市販のシステム手帳リフィルを買ったのですが、リフィルを自作しようと考えています。リフィルが出来上がったら、ご紹介したいと思います。

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2007-07-27(金) そして本人達は語る

Yellow Magic Orchestra 田中雄二インタビュー・文『イエローマジックオーケストラ』(2007.1,アスペクト)Amazon.co.jpオンライン書店bk1

 YMO(イエローマジックオーケストラ)のメンバーであった三氏へそれぞれインタビューをした内容をまとめた本。インタビュー時期は、細野晴臣=1999年・坂本龍一=2002年・高橋幸宏=2002年となっている。CDの再発(*)の際、ライナーノーツに収録したものなので、それぞれのアルバム及び当時の状況について話を聞くような形になっている。各アルバムの当時の状況や、アルバムにまつわる話など。各楽曲について色々な話が聞けるのは、やっぱりメンバーへのインタビューならではだと思う。
*1999東芝EMIより、2002ソニー・ミュージックダイレクトより

 知っている方にとっては何度も聞いた話もあるのでしょうが、私はリアルタイムでYMOを経験していないので、やはり興味深いし、この本を読んだのは貴重な経験だった。
 特に印象的な部分をいくつか紹介しておきます。

・細野氏インタビュー
 まず、YMOのメンバーに横尾忠則氏が入るはずだった話。「作詞家とかが演奏しない第4のメンバーに入ってたりという、そういう新しい自由なかたちがいいなって。絶対、YMOに横尾さんがいると面白いと思ってたんだけどね」(p.22、細野)。「横尾さんもモミアゲ切って、記者会見やりますから来てくださいって伝えたんです。そしたら来なかった。後から聞いたら、横尾さん、足がその日向かなくて、家から出なかったんだと(笑)」(p.22、細野)。
 それから、『BGM』の曲の長さが4分30秒で統一されている(5曲目、10曲目は5分30秒)というのは、初めて知りました。インタビュアーは「ジョン・ケージの『4分33秒』が恐らくヒントになってるわけですか?」(p.64)と聞いているが、細野さんの答えは「そういうことを考えてたかもしれない。でも、すべて無意識でやってますね」(p.65)とのこと。

・坂本氏インタビュー
 ポール・マッカートニーが来日した時に、「アルファに遊びにくるって話になっていたと思うんですよ。ポール・マッカートニーとYMOでなんかやろうっていうような感じで」(p.168、坂本)。しかしこの時(1980年1月)、ポール・マッカートニーは大麻所持のため成田税関で逮捕される。もしもポールがそのまま入国できていれば、YMOとなんらかの音源を残していたのかもしれないのかあ(ちなみに、この時のポールに宛てた福井ミカのメッセージが収録されているのが、「ナイス・エイジ」ですね)。
 『BGM』と『テクノデリック』に対するコメントを読んでいると、坂本氏がいかに『BGM』が嫌いで『テクノデリック』を好きかがよく分かる。ちょっと笑ってしまうくらいはっきりしている。『BGM』での「イギリス式のベッドルーム・レコーディング」(p.178、インタビュアー)、つまり宅録のようなレコーディングについては「あんなアルファみたいなゴージャスなスタジオに、それらしきものを持ち込んでやるっているのは、おかしいんじゃないかと」(p.179、坂本)と言い、「キュー」についてインタビュアーに「例えば、あれってウルトラヴォックスですよね」(p.188)と水を向けられて「僕は本当に批判的だったのね。(中略)『ここまで真似していいわけ?』っていう。これはやっちゃいけないんじゃないのって」(p.188、坂本)と明言し、この曲のレコーディングに参加しなかったこともはっきり答えている。
 一方『テクノデリック』は「わりと屈託なく、持てるものをどんどんつぎ込んでいた感じ」、「僕の趣味というのを。割とてらいなく出してますよね」、「僕はこれがいちばん好きなのね」(以上p.194、坂本)と、対象的な評価をしている。

・高橋氏インタビュー
 高橋氏のインタビューも面白かったのだが、あまり「これは!」というエピソードはない。それはそれで、高橋氏らしい感じもする。主張はしないけれど存在感はある、みたいな。
 それでも、YMOのファーストアルバムのレコーディングの際、高橋氏がまだサディスティックスのメンバーで、当時の所属レコード会社に細野氏が一緒にあいさつに行った話は印象的だった。
「−−嫁を取るみたいな。そんなことがあったんですか。
高橋 やっぱり僕より5つ年上だし。そのへんもあって、これは細野さんのバンドなんだっていう意識がすごく強かったんですよ。
−−責任感があったんですね、細野さん。
高橋 今はそうは見えないですけどね(笑)。」(p.238)
 「今はそうは見えない」のが、失礼ながらその通りで、笑ってしまった。

 それから、三人に質問していずれも同じような答えが返ってきて印象的だったのが、1983年の散開コンサート。舞台装置や三人の衣装が、ナチスやファシストを連想させて、「3人とも、心情的には左翼」(p.97、インタビュアー)なYMOが「最後の最後にファシストの格好をしている」(p.97、インタビュアー)ことについての質問に、いずれもなぜそうなったのか分からないという回答をしている。
 細野氏は、演出の佐藤信氏、美術の妹尾河童氏について「誰が連れてきたんだろう」、そして散開コンサートの衣装やセットは「僕にはわからないんだよね」(以上二点、p.97、細野)と言い、坂本氏は「『ここまでやっちゃうの?』っていう疑問はありつつも、最後だからいいかっていう(笑)」(p.220、坂本)思いだったようで、衣装をデザインした高橋氏も「実はあれ、ダブルのジャケットをただベルトで締めているだけなんです。(中略)あれ着て最初にあそこに行ったとき、『うわ、マズイな』って思ったんですけれどね」、「まあ、あれで『君に、胸キュン』歌ってるんだから、どうでもいいやって感じですけど(笑)」(以上、p.288、高橋)ということだったらしい。
 なんというか、三人とも、散開コンサートは「なんでもいいや、最後だし」って感じだったのかなあ。

 ちなみに、YMOのメンバー以外の方へのインタビューを集めた本もあります(渡辺香津美・土屋昌巳・鮎川誠&シーナなどなど)。あわせて読むと、面白いかもしれません。私の感想と紹介は下記リンクからどうぞ。
2007.03.08(木) 周縁から見るYMOの面白さ: 田山三樹:編著『NICE AGE YMOとその時代』(2007.1,シンコーミュージック・エンタテイメント)

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2007.02.18(日) かっこいい大人の言葉
オンライン書店ビーケーワン:ぼくの人生案内・田村隆一『ぼくの人生案内』(2006.12,光文社・知恵の森文庫)
 詩人田村隆一氏が、若い人からの様々な悩みに答える、という本。私は田村氏は、詩人としてよりも、翻訳家として親しんできた。それは例えばアガサ・クリスティの作品であったり、ロアルド・ダールの作品であったり。だから、田村氏自身の言葉をちゃんと読んだのは、初めてだったと思う。

 読んでいて感じたのは、大人のかっこよさ。写真を見ると眼光鋭くて怖そうな田村氏ですが、質問に対する答えは、決して甘やかさないけれど、優しさを感じる。
 例えば、最初の質問が、ゴルフの誘いを断って、職場で仲間はずれにされている会社員の悩みなのだが、「まずゴルフというのは諸悪の根源であるというのが、ぼくの意見だね」(p.12)から答えが始まる。かっこいいなあ、この言葉。そして最後は、「要は君の美意識の問題だから、自分に折り合いがつく範囲でおやりなさい。/ただし、そのときは決して自分のお金を使わないこと。法人の一員として、日本のブルジョワジーのケチくささとしみったれ加減を満喫してみなさい」(p.13)という、現実的であり、かつ相談者が自分を納得できそうなアドバイスがされている。

 以降も、腑に落ちて、かつ頭の中で繰り返し唱えたくなるような言葉がいくつも登場する。人生や生き方については、こんな言葉。
・「結婚は一種の共同事業。妻と夫は、共同経営者なんだよ」(p.59)
・「人生、顔じゃない。顔になっていくのが、人生なんだ」(p.117)
・「君は友達と騒ぐのが嫌いらしいが、それは結構なことだ。バカ騒ぎできるのが友ではないんだから。でも、人と交わることを忘れてはいけないよ。(中略)とにかく言葉を交わしなさい。言葉を失うということは、社会から疎外されることを意味する」(p.157)
・「二〇歳くらいまでは、すべてが初体験、/未知との遭遇だ。/それが日常化していくのが三〇歳くらい。/そして四〇歳までは経験を具体化して、/持続させて、楽しいことも辛いことも/ストックしていく時代。/人生の勝負は四〇歳から六〇歳だと/ぼくは思っている。」(p.166)
・「ふたつの道があった場合、どちらに進むかっていう迷いは、人間なら誰しも経験している。迷いは誰にでもある。迷うのは恥ずかしいことじゃない。だけど、そのうちのひとつを選択したら、その道に専念すること。これが大事なんだ−−とデカルトという哲学者が書いている。受け売りだが、ぼくもその通りだと思うよ」(p.189)

 一方、一般的に常識と思われていることでも、正しくないと考えることははっきりと意見を述べている。
・「マスコミが就職先として異常に人気がある、ということが、まずぼくには不可解だ。マスコミというのは、嘘で固めて売っている商売なんだよ。大新聞をはじめ、テレビ、雑誌、みんなそうだ」(p.28)。
・「ぼくは常々『ベストセラーにいいものなし』と思っている。一時的に何十万部も売れるなんて怪しいよ。(中略)いいものはロングセラー、つまり増刷を重ねていくもの。五〇年、一〇〇年前に書かれて未だに残っている、いわゆる『名作』なら、まず間違いはない」(p.109)

 他にも様々な興味深い言葉が登場するが、こういう言葉を聞かせてくれるのが大人だと、私は思うし、私もこういう大人になりたいと思う。

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