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木の葉燃朗のばちあたり読書録

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■著者別「な・に」→「ぬ・ね・の」

長井勝一『「ガロ」編集長』 / 長井好弘文・林家正楽紙切り『寄席おもしろ帖』 / 永江朗『菊地君の本屋ヴィレッジヴァンガード物語』 / 永沢光雄『声をなくして』 / 中島真奈美『家族のたからもの―夫・カンニング中島が遺した最期の日記』 / 長嶋有『電化製品列伝』 / 長嶋有『猛スピードで母は』 / 長嶋有『いろんな気持ちが本当の気持ち』 / 長嶋有『エロマンガ島の三人 長嶋有異色作品集』/ 長嶋有『ジャージの二人』 / 長嶋有『タンノイのエジンバラ』 / 長嶋 有『ねたあとに』 / 長嶋 有『ぼくは落ち着きがない』 / 長嶋有『夕子ちゃんの近道』 / 長谷邦夫『快読術』 / 中野正貴『TOKYO NOBODY』 / 中川弘道『古書まみれ』 / 中野 晴行『謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影』 / 中村俊輔『察知力』 / 長山靖夫『怪獣はなぜ日本を襲うのか』 / 長山靖生『コレクターシップ』 / 長山靖生『謎解き少年少女世界の名作』 / 夏目漱石『私の個人主義』 / 夏目房之介『漱石の孫』 / 夏目房之介『読書学』 / 魚喃キリコ『ハルチン1』・『ハルチン2』 / 南陀楼綾繁「ナンダロウアヤシゲな日々〜本の海で溺れて〜」 / 南陀楼綾繁:編『私の見てきた古本界70年 八木福次郎さん聞き書き』 / 西部 謙司『イビチャ・オシムのサッカー世界を読み解く』

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2007-05-18(土) 実は情熱と反骨・反体制の人

「ガロ」編集長 長井勝一『「ガロ」編集長 私の戦後マンガ出版史』(1987.9,ちくま文庫)Amazon.co.jpbk1

第一章 『ガロ』創刊のころ
第二章 大陸での夢と現実
第三章 特価本と赤本の世界
第四章 三洋社の時代
第五章 『ガロ』売れだす
第六章 個性豊かな新人たち

 青林堂を創業し、雑誌『ガロ』を刊行した長井勝一氏の回顧録。
 『ガロ』や、そこに集まってきた人々(漫画家や編集者や)が興味深いのはもちろんだが、個人的に印象に残ったのは、長井氏自身の魅力だった。
 長井氏のことは、他の方が本で書いたり、あるいはイラストやマンガで描いたりしたのを読み、見て、なんとなく「好々爺」というイメージを持っていた。しかしこの本を読むと、情熱と反骨・反体制の人という印象に変わった。反体制といっても、実際に太平洋戦争当時に苦労をした経験が根底にあるので、その気持ちが納得できる。平和な世界で理屈で考えた反体制ではない、とでもいえばいいだろうか。

 長井氏は昭和14年に、鉱山技師として満州鉱山で働くため、満州へ渡る。それから満州航空という航空会社で地図の作成に携わる。そこで、昭和18年頃からラバウルに行った同僚から向こうの戦況が思わしくないことを聞いたり、また南方に行った同僚が帰ってこなかったりという経験をして、日本の敗戦を感じるようになる。また昭和19年には南京で、長井氏自身が乗っていた汽車が米国の飛行機の空襲を受けている。この時の様子を読むと、ひょっとしたら命を落としていてもおかしくなかったようだ。
 そうした経験を経て、昭和20年の2月に日本へ帰った長井氏は、満州で持っていた書類を使って「闇屋」をして生活していた。そして終戦を経て、地図や16ページずつバラバラに綴じたマンガを販売し、やがて世の中が落ち着くと、古本と取次、そして漫画出版の仕事を始める。しかし、昭和23年。25年と、長井氏は結核で喀血する。当時は不治の病と言われていた。
 しかし、四年間の療養を経て、再度漫画出版に携わる。

 ここまででもかなり波乱万丈だが、まだ青林堂は登場しない。その後一旦出版を辞めてバーを経営し、その失敗から再び出版に携わり、軌道に乗った昭和35年、40歳の時に三度結核に罹ってしまう。
 このとき、長井氏は自分の体を「本当にダメかもしれないと」(p.24)思い、次のように考える。

「自分がこれまでやってきたことが、なんとも虚しく感じられた。満州に行くときには、山師になって一山あてるつもりだったが、それもダメ。戦後も、闇屋から特価本屋、出版屋と、そのときどきはしゃかりきにやってきたけれど、結局はみんなアブクのようなものだ。(中略)これでは、死んでも死に切れない、あと幾年もつかわからないが、何かやらなければ、という焦りにとらわれたのだ」(p.24)

 そして思い出したのが、三度目の結核の前に、偶然作品を読んで記憶に残り、また偶然本人が売り込みに来て、長井氏がその場で原稿料を支払ったという白土三平氏だった。白土氏は、当時原稿料をもらえるはずだった出版社が倒産し、他の会社への売り込みもうまく行かず、「もしここでダメだったら、もうマンガを描くのはやめよう」(p.120)と偶然訪ねたのが当時長井氏が経営していた足立文庫だったのだという。「あのとき長井さんに会わなければマンガをやめていたかもしれない」(p.121)という白土氏は、結核で入院した長井氏の面倒を見て、手術の費用を負担したり、自身の印税を『ガロ』の資金に充ててもらったらしい。
 そして、長井氏と白土氏は「『ガロ』という雑誌を、自分たちの好きなことを自由に描ける雑誌にしようということと同時に、若い新人たちが、できるだけ自由に発表できる場にしよう」(pp.206-207)と考え、「経済的には商業誌として成り立ちながら、内容的には同人誌的なものとしてあるというのが理想」(p.280)として刊行され続けた。

 私は、『ガロ』をちゃんと読んだ経験はなくて、『ガロ』に執筆した作家陣や掲載された作品のことを多少知っていた程度だった。『ガロ』に抱いていたイメージは、マイナーで、独特な(そしてちょっと怖い)けれど、なんとも表現しがたいパワーのあるマンガが載っている雑誌、といったところだろうか。
 でもこの本を読むと、長井氏が『ガロ』に込めた思いというものが伝わってくる。そして、往時の『ガロ』をリアルタイムで読めなかったことが、ちょっと悔しく思う。

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2003年6月2日(月) 新しい笑いを発見したい人のために1冊
オンライン書店ビーケーワン:寄席おもしろ帖長井好弘 文・林家正楽 紙切り『寄席おもしろ帖』(2003年,うなぎ書房)
 もともと、読売新聞の日曜版に約2年連載されたもの。寄席に登場する落語家や 漫才師などの芸人を紹介したエッセイとともに、紙切りの林家正楽の作品が掲載さ れていた。
 連載中は毎週楽しみに読んでいた。単行本になったものをあらためて読んでみ ても、やっぱり面白かった。毎回冒頭に、登場する芸人のネタの一部が掲載され る。そして、その芸人の魅力が語られるのだが、それが本当に魅力的に感じて、 実際にネタを聞きたくなる。
 実は俺は未だに、寄席やホールで行われる落語会などに行ったことがない。こ の本を読むと、行ってみたいなあという気になる。まずは上野の鈴本演芸場からか な。
 ちなみに、登場するのは主に寄席で活躍する芸人さんなので、最近のテレビ番 組で見かけるような若手はほとんどいない。そして、東京の芸人が中心で、中でも 落語家が多い。だからといって若い芸人のファンの人も「自分には関係ない」と思 ってはいけない。読んでみると、色々新しい発見ができるはず。

 笑いの世界は、奥が深いですよ。

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2003年2月15日(土) またまた本に関する2冊
オンライン書店ビーケーワン:菊地君の本屋永江朗『菊地君の本屋 ヴィレッジヴァンガード物語』(1994年,アルメディア)
 個性的な書店ヴィレッジヴァンガード(以下V.V.と省略)の創業者、菊地敬一氏の 語りおろしと対談をまとめた本。V.V.は名古屋が発祥の地で、この本が出た頃もま だ名古屋で店舗展開をしていた段階のようだ(現在は全国に店舗が点在してい る)。

 俺とV.V.の出会いを思い出してみると、初めて行ったのは3年くらい前、下北沢店 だった。変わった店だなあと思った記憶がある。レジにあった「当店は書店なので 図書券が使えます。本以外にも使えます」という張り紙が印象に残っている。それ から、吉祥寺・自由が丘の各店にも行ったことがある。最近は、やはりお茶の水店 に行くことが多い。
 V.V.の面白さは、自由な品揃えにあると思う。例えば、棚に並んでいる1冊の本に 興味を持ったとする。そうするとそれに関連する本・雑誌、場合によってはグッズや CDまで手に入る。とにかく、行ってみればなにかあるという期待を感じさせてくれ る。
 なんだか、「俺とヴィレッジヴァンガード」みたいな内容になってしまったが、この 本を読むと、V.V.について結構詳しいことがわかる。V.V.をなぜつくったのか、どん なふうに仕入れをし、社員教育をし、商品を売っていくのか。これらを読むと、同じ ようなことを考える人はいても、思い切って実行する人は少ないだろうなあと思う。

 いやあ、この本を読んで、次の日会社帰りにV.V.に寄り道してしまいましたよ。

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2007.02.15(木) 人の弱さが持つ魅力

オンライン書店ビーケーワン:声をなくして・永沢光雄『声をなくして』(2005.5,晶文社)
 2006年に亡くなられたノンフィクション作家永沢光雄氏の著作。下咽頭ガンで声を失い、その他にも体や心のあちこちに病を抱えた著者の、2004年の日記。
 体の具合がかなりつらそうで、でも失礼ながらなんだか情けなすぎて笑う(苦笑いする)しかない気持ちになってきて、それでも読み続けていると、徐々に永沢氏が好きになってくるような、そんな内容。奥様を始め、友人や知り合いの方から永沢氏が愛されている理由が、なんとなく分かる。
 そして、もう著者が既にこの世にいないのだと思うと、なんだか無性に切なくなる。 それからもうひとつ、2004年というのは、永沢氏がずっとファンだったプロ野球球団、近鉄バファローズが消滅した年である。バファローズについても、ニュースなどでの動向、その時の永沢氏の思いや行動、過去の思い出などが書かれている。
 中でも、元近鉄バファローズで、40歳という若さで亡くなった鈴木貴久氏の記憶と、近鉄にまつわる思い出を書いた「さらば愛しのわが近鉄バファローズ」(『週刊朝日』に掲載された文章の再録)と、9月末に東京から大阪の藤井寺球場(かつての近鉄の本拠地)まで、二軍の試合ではあるが最後のゲームを見に行った記録「はや、藤井寺は幽霊となりて」(『Number』に掲載された文章の再録)は、読んでいてちょっと泣いた。特に、「はや、藤井寺は幽霊となりて」は、大げさではなく命を懸けた旅のように感じられ、切なくなる。
 多分、この本は人によって好き嫌いがあるだろうと思う。特に、自分の心や体が強い(または、強いと思っている)人は、永沢氏のことを鬱陶しいと感じるかもしれない。
 でも、どこかで自分自身の弱さを感じている人にとっては、永沢氏に共感できて、永沢氏のことが好きになれる気がする。

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2008-02-07(木)生きることのできる人間は、精一杯生きないといけない

家族のたからもの―夫・カンニング中島が遺した最期の日記中島 真奈美『家族のたからもの―夫・カンニング中島が遺した最期の日記』(2007年12月、日本テレビ放送網) Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス

 元お笑い芸人カンニングの、故中島忠幸さんの奥様による本(ただし、奥付に「構成●江花優子」とあるので、最終的に文章をまとめたのはこの方だろう)。中島さんが闘病中に記していた日記を紹介しながら、中島さんの子どもの頃からカンニング結成まで、そして闘病中の様子を綴っている。

 まず感じたのは、中島さんの心の強さ。結婚し、お子さんも生まれ、長い下積みを経てカンニングが売れっ子になり始めた、色々な点で「これから」という時期に、中島さんは白血病を発症する。そこからの闘病生活で、不安も悔しさもあったけれども、中島さんは奥様には決して弱音を吐かなかったという。そうした思いは、所属事務所の社長だけに話し、そしてノートに綴られていた。そのノートに書かれた思いを読むと、弱音や不安を表に出さなかった強さが、まず印象に残る。
 その強さは、お笑い芸人という人前に立つ仕事をしていたことのプライド、一家の大黒柱としての責任感から生まれたのだろう。特に中島さんがいかに家族を大切にしていたかは、この本から強く伝わる。自分が入院していても、奥様の誕生日にはプレゼントを用意していたり、外出許可が出たり一時退院ができるときには、ずっと家族と過ごしていたり。病気になる前に撮影した写真だと思うが、お子さんを抱いている中島さんの姿(p.56)は、本当にお子さんを大事に思っていたのだと感じる。

 そして、中島さんが後輩の芸人を初め、多くの人に慕われていたこと、特に中島さんとコンビを組んでいた竹山さんの間の絆は、計り知れないものだったのだろう。小学校の同級生だったが、その後交流がありながら、中島さんは福岡で就職、竹山さんはお笑い芸人へ挑戦していた。しかし二人は、中島さんが仕事を辞め、上京した東京の飲食店で偶然再開したという。そこから10年近く、売れない時期も解散せずに芸人を辞めずに過ごしてきたという経験があるのだから、二人にしか分からないこともあったのだろう。
 売れ出した頃の竹山さん(漫才の中で「キレる」芝居をする)しか印象にない人には、この本で書かれる竹山さんは意外に感じるだろう。中島さんが入院中もギャラを折半して治療費に充てていたり、忙しい中でも見舞いに訪れ、「また漫才やるぞ!」と励まし続けたり。しかし、これが本当の姿なのだし、それを思うと竹山さんもプロの芸人だと思う。そして、中島さんの魅力・人柄を感じる。

 生きることのできる人間は、精一杯生きないといけないと感じた。おこがましい言い方かもしれないが、生き続けたいと思いながら色々な理由で亡くなっていく人がいる。また自分もいつ病気や事故で命を落とすか分からない。だから、今生きることのできる自分は、精一杯生きないといけないと、改めて思った。

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2008-11-14(金) 観察眼と熱っぽさ:長嶋有『電化製品列伝』

電化製品列伝長嶋有『電化製品列伝』(2008/11・講談社) Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス

 作家長嶋有氏による現代文学の書評(一部映画評・漫画評も含む)。webサイト「ポプラビーチ」、雑誌『小説現代』に連載されたものを抜粋し、書き下ろしを加えている。

 独特なのは、題名通り作中に登場する電化製品に着目していること。それでいて、それぞれの作品で「何を描いているか」がしっかりと説明されている。
 ここで私が使った「何を描いているか」という言葉には、ふたつの意味がある。ひとつは個々の描写。電化製品のあり方、使われ方を、目線を低く、一文(一場面、一コマ)の単位で観察している。そしてもう一つは作品のテーマ。電化製品の書き方、なぜそれが登場するかを考察することで、その作品の書かれた時代的な背景、作者の意図にまで話が及ぶ。

 この考察の方法は、裏を返すと小説家としての長嶋氏の考え方になるのだろう。長嶋氏は読者に大きなテーマだけを読んで欲しいのではないと思う。そのことはあとがきで、自作のCDコンポの描写についての読者からの感想に「面白かったとか、泣けましたという『大きな感想』を凌ぐ興奮が」(p.197)ある、というエピソードとともに書いている。

 そんなこの本、取り上げられた作品をほとんど知らない私が読んでどうだったかというと、これが非常に面白かった。作品を語る、時に過剰なまでの熱っぽさ、ユーモアも含めたサービス精神には、長嶋氏(のエッセイやコラム)らしさを強く感じる。長嶋氏が「誰も、これを読んで『私も電動歯ブラシ買おうっと』とか思わないだろう」(p.190)と言うように、たしかにこの本を読んで電気店に駆け込む可能性は低い。でも、書店に駆け込む可能性は高い。登場する作品の何冊かは実際に読んでみたくなる。例えば高野文子「奥村さんのお茄子」や福永信「アクロバット前夜」、干刈あがた『ゆっくり東京女子マラソン』。それに映画『グレゴリーズガール』。そして川上弘美『センセイの鞄』や尾辻克彦「肌ざわり」など、既読の本も再読したくなる(だって、「大きな感想」は残っていても家電製品の場面は記憶にないんだもの!)。

 以上でこの本全体の「大きな感想」を書いたので、以下、もう少し個々の記述の中で興味深かったことを。

・連載と書き下ろしの違い。連載は、物語の世界が読者に対して少しずつ明らかになっていく。比較して書き下ろしは、「掲載(公表)されるギリギリまで、その小説世界のことをいかようにも変更できる」(p.12)。
・電池の変わらなさ(p.15)。それは使用前後の形の変わらなさでもあるし、乾電池というものの形の変わらなさでもある。
・リモコンが縦長なのはなぜか? それは「『人間の意志が線に変換される』道具」(p.37)だからではないか、という分析のかっこよさ。
・「カルト」な映画というのは、「DVDにすらならない。ネットでも中古のビデオが五百円とか屑値で売られている」(p.67)ような映画を言うのではないか。
・「名詞にならない営み」(p.121)を書くことは、小説の醍醐味のひとつではないかと思った。その具体例として、長嶋氏は干刈あがたの『ゆっくり東京女子マラソン』に登場する「野球場のクジをひくために遠くの公園までいって並ぶ」(p.121)描写を挙げている。
・「電機屋は、店先と住居、両方に電化製品がある」(p.145)。当たり前と言えば当たり前なのだが、他の小売店では「売り物が彼らのプライベートを満たすことはありえない」(p.145)。

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2005.3.22(火) 久々に読んだ小説
長嶋有『猛スピードで母は』(2005年,文春文庫)

 芥川賞受賞作「猛スピードで母は」と、「サイドカーに犬」の二編を収録した短編 集。

 「サイドカーに犬」は、主人公の女性、薫が小学生の頃、母が家出した間に家に 来た「洋子さん」という女性を回想する話。
 「猛スピードで母は」は、主人公の小学生の少年、慎と、その母親の、平凡なよう で色々なことがある日々についての話。
 両方に共通しているのは、洋子さんも慎の母も「かっこいい女性」ということ。で も、決して強いわけではなくて、なんとなく不安定な綱渡りをしていて、それゆえに かっこいいという印象を持った。
 話自体は、日常の様々な出来事を描くので、読んでいて不思議な魅力があった。 ハラハラドキドキするのとはちょっと違った魅力があり、いつしか夢中になって読ん でしまう。
 それから、絵が浮かぶ小説だった。映画になったら、面白いんじゃないかなあと 思う。

 最近読んだ小説の中では、川上弘美氏の小説に近い。でも、もっと現実と地続き な感じがする。その地続きな感じというのは、俺にとっては次のような固有名詞が 登場することが大きな理由だった。
 例えば「サイドカーに犬」では、洋子さんが夜の散歩の途中に「ねえ薫、山口百恵 の家、みに行こうよ」(p.27)といい、その道すがら「キヨシローの家もこの町にある んだって」(p.35)と言われたりする。他にも、父親が「『パックマン』の筐体を持ち帰っ てきた」(p.53)りもする。
 「猛スピードで母は」でも、慎が母とともに祖父母の家へ行き、夕飯を「食べなが ら四人で『まんが日本昔ばなし』と『クイズダービー』をつづけて観た」(p.99)とか、 母の恋人にサイン入りの「手塚治虫漫画四〇年」という本をもらう(p.124)とか。

 こういう部分を読むと、自分の子どもの頃とも共通する出来事、物事があり、物 語にのめり込むことができる。そうすると、次のような部分が、印象に残ってくる。 「猛スピードで母は」で、慎に対し母親が言う言葉。
「『若いときは、こんなふうに可能性がね。右にいってもいい、左にいってもいいっ て、広がってるんだ」母はだんだん両手の間隔を狭めながら
『それが、こんなふうにどんどん狭まってくる』とつづけた。
『なんで』
『なんででも』母はそういうと両手の平をあわせてみた。」(p.124)

 説得力があるよなあ。
 先程挙げたような固有名詞を読んで、「懐かしい」と思う方なら、登場人物のいず れかに感情移入して読めるのではないだろうか。

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2005.08.21(日) 著者のことを知らなくても、文章の面白さだけで惹きつけられます。
オンライン書店ビーケーワン:いろんな気持ちが本当の気持ち・長嶋有『いろんな気持ちが本当の気持ち』(2005.7,筑摩書房)
 作家長嶋有氏のエッセイ集。全体としては、いい意味でくだらなくて、面白く読めるエッセイなのだが、突然鋭いところを突いていたりして、興味深い。これは、氏が「ブルボン小林」というペンネームで書いているコラムにも近い雰囲気である。

 最初の方に出てくるエッセイのタイトルが、「ポンポン板井」。あまりにもいきなりな題名である。
 これは、もしも弟子を取るとしたら付けたい名前。ここから、弟子をとったらどんなことがしたいかを書いていく。この空想というか妄想が、どんどんと広がっていく様子が非常に面白い。
 ちなみに秘書ではだめなのかというと、「都合が悪くなったときに、理不尽に『おまえちょっと町内三週してこい!』とか、秘書にはいえない」(p.9)ので、だめなのである。
 しかし、更に面白いのが、最後の最後になって「本稿の主旨は、俺のポンポンを募ることではなくて、皆も弟子の名前くらい決めておいたら、ということ」(p.13)だった、というところ。
 このどんでん返しというか肩すかしというか、素晴らしい。
 なお、長嶋氏の親父さんは、弟子を取るなら「じゃあ俺はライポン小杉」(p.13)と言っていたらしい。息子も息子なら親父さんも親父さんである(親父さんも本を出しているので、気になる方は下の【参考】をご覧ください)。
 ところで俺が弟子をとったら(なんの?)、どんな名前にしようかなあ。

 他にも面白いエッセイがいっぱいある。いくつか紹介しよう。

・自分の声を「僕の頭の中で聞こえていたのがハンフリー・ボガードだとしたら、テープから聞こえてきたのはマレーバクだ(人間ですらない)」(p.26)と表現する「この声で」。
・長嶋茂雄氏の有名なフレーズを受けて、「次回芥川賞受賞作の題が『魚へんにブルー』でも、それと同じくらい変な題名を付けている僕はまったく驚かない」(p.62)と言い、そもそもなぜ鯖という文字を話題にしたのか、またもや妄想が膨らむ「鯖という字は」。
・著者の妹の「珠ちゃんが小学生のときに祖父があげた鉛筆一ダースの紙箱には、黒サインペンで『東大に入れ!』と大きく書かれていて」(p.176)、妹がその年の「ゆく年くる年」を見ながら「なまはげに『東大入れよ』っていわれたらやだなー」(p.176)と言う「なまはげに」。
・昔話の「こぶとりじいさん」について、「こぶとりはファンクネスを啓蒙する物語だった。素敵だ」(p.236)と結論付ける「瘤取り考」。

 一方で、「少なくとも、さも賢い選択をしているかのように『読書は図書館で借りてすませます』と人前で得意げにいうのはやめたほうがいい」(p.87)という意見の登場する「作家の好きな言葉」などには、著者の強い意志を感じる。
 まあ、実はこのエッセイも、はじまりは本にサインしたときに「好きな言葉を書いて」と言われ、「増刷」と書いたというエピソードなのだが。

 とにかく、長嶋有氏のことをご存知でなくても、文章の持つユーモアだけで楽しめるであろう。そういう意味では内田百閧笊嵩c百合子などの諸氏の文章にも近い面白さだ。

【参考】長嶋氏のお父さんのエッセイ集
オンライン書店ビーケーワン:古道具ニコニコ堂です・長嶋 康郎『古道具ニコニコ堂です』(2004.6,河出書房新社)

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2007.06.12(火)奇妙な旅の数々

エロマンガ島の三人 長嶋有異色作品集長嶋有『エロマンガ島の三人 長嶋有異色作品集』(2007年6月,エンターブレイン)Amazon.co.jpbk1

 下記五編の中・短編が収録されている。

 広い意味で、旅、それもちょっと変わった旅を描いた作品が納められている。
 表題作「エロマンガ島の三人」は、エロマンガ島でエロマンガを読む、という企画のために取材旅行に出た三人の様子を描く。「アルバトロスの夜」では、「地方都市から地方都市を渡り歩く旅」(p.122)をしていた男女が、途中で不思議なゴルフ場でプレーをすることになる。また「ケージ、アンプル、箱」の主人公津田幹彦は、一通のメールからこれまでの女性遍歴を思い出し、「女神の石」に至っては、登場人物がなぜその場所にいるのかが分からないまま話が進む。そしてラストの「青色LED」で、「エロマンガ島の三人」のサイドストーリーが描かれ、この本全体がぐるっと旅をしたように終わる。

 しかしどの旅も、登場人物はあまり楽しそうではない。「エロマンガ島の三人」の主人公佐藤は、少し前に恋人との旅行を断った矢先に、エロマンガ島旅行の企画が通ってしまい、恋人が見せた珍しい怒りを受けて日本を出てきている。同行した日置も、本来参加するはずだった人間の代理として急遽参加することになった。「アルバトロスの夜」の二人も、事情を抱えての旅である。そして「ケージ、アンプル、箱」の津田は、「修羅場がくるたびに津田は、俺は傷ついていないなあと思った」(p.158)りする。そしてそれに対し「しめしめと思ったことはない。いつでも(いいのかなぁ)というような気持ち」(p.160)でいる。
 しかしこのような、なにが起こるか分からないし、時々は居心地が悪いけれど、それでも色々なことが起こっていく部分に、私は旅の現実味を感じた。そしてそういう旅が、いい旅なのかもしれないと思う。だからこそ、読んでいて細かな場面や登場人物の心情が印象に残る。特に、「エロマンガ島の三人」の後半の佐藤と日置の会話や二人が歌う部分、それから「アルバトロスの夜」のラストの不思議なカタルシスに、この本を読むことも、ある種の旅だったのだなあと感慨にふけってしまった。

 一方で、長嶋氏の作品にある、細かな面白さも随所に登場する。例えば「ケージ、アンプル、箱」の津田が、女の部屋から逃げようとする途中に、「ついさっきまで森山塔だった世界が、急に東海林さだおの四コマ漫画になったな」(p.167)と、その緊迫した場面とは場違な思いを抱いたり、「エロマンガ島の三人」の佐藤の恋人鈴江が、「向こうからLOVEと見えるように」(p.89)窓に指で文字を書いたら、「向こうからはLOVヨ」(p.89)になってしまったとか。
 それから、「エロマンガ島の三人」のもう一人の同行者、若手編集者でオタクの久保田はいい味を出している。車で移動中に、社内に虫が入ってきて、「ヤダ、ヤダ、ヤダ、ヤダ! 断続的に叫び、小窓の向こうで面白い動きをしている」(p.43)という一文には、噴出してしまった。

 という感じで、「異色作品集」と銘打たれてはいるが、異色ではありながら、いずれも長嶋氏らしさを感じさせる作品でした。

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2007.06.10(日)笑いは細部に潜む

ジャージの二人 長嶋有『ジャージの二人』(2007.1,集英社文庫)Amazon.co.jpbk1

 「ジャージの二人」、「ジャージの三人」の中編小説二作品を収録。
 どちらも、会社を辞めて小説家を目指す僕と、カメラマンの父親が夏の間群馬の山荘で暮らす話。「ジャージの」というのは、ふたりの山荘での普段着のこと。ちなみに、「ジャージの三人」ではもうひとりジャージの人間が加わる。
 このジャージの話からして面白くて、しかも要所要所で何度も登場してくる。ジャージは「僕」の祖母が溜め込んでいた古着のようで、小学校の名前が入っている。これを、山荘の中はおろか近くの家や買い物に行く時もずっと着ている。そして、ジャージに書かれた「和小学校」の「和」の読み方を、ふたりはずっと考えている。それも、夜中に寝ていたと思った父親がいきなり「わかったぞ」、「ナゴム小学校だ」(p.110)などと言ったりする。さらに、なぜかふたりは途中で「サッカー選手みたいにジャージを交換」(p.115)したりもする。
 このような、細かな部分が面白い。ストーリーは、身も蓋もない言い方をしてしまえばあってないような感じで、登場人物もそれぞれ大変なことを抱えていつつも、山荘での暮らしぶりを読んでいるとどこか暢気な印象がある。大きな事件やドラマチックな出来事は、ほとんどない。でも、色々な場面で登場する細かい描写やセリフが、たまらなく面白い。
 例えば、テレビの天気予報が「東京三十四度、横浜三十三度……」(p.36)と告げるのを見ながら、山荘の気温が二十五度であることを確認した父が「元西武ライオンズのデストラーデのガッツポーズ」(p.36)をしてみたり、「僕」の妹のピアノの発表会の思い出で、徐々に出てくる子どもの背が高くなるのを見た父が、「このままいったら最後に出てくる子は三メートル超」(p.167)と言ってみたり。
 こうした細部に笑いを見つけるのが楽しい小説だった。

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2006.2.6(月) むなしくて、情けなくて、なんだか笑っちゃう
オンライン書店ビーケーワン:タンノイのエジンバラ・長嶋 有『タンノイのエジンバラ』(2006.1,文春文庫)

 「タンノイのエジンバラ」・「夜のあぐら」・「バルセロナの印象」・「三十歳」の四編からなる短編集。
 四篇に共通していたのは、なんだか悲しくて情けなくて、むなしくて、でも笑っちゃうという雰囲気。小説全体としては、それほど特別でもない人たちの、なんとなく「とぼとぼ」といった感じの日々が描かれているのだが、細部になんともいえないユーモアがあふれている。
 例えば「タンノイのエジンバラ」で、主人公が預かった女の子に「どうしてグーフィーは二足歩行でミッキーとも会話ができるのに、プルートは四つ足で歩いてミッキーに飼われているんだろう」(p.33)と質問したときの女の子の答え。そのあまりにも迷いのない断言には、女の子の自信に、正しいように思ってしまうが、「いやいやちょっと待て」と思い直し、そこで読みながらじっと考えてしまい、非常に印象に残る。
 あるいは、「バルセロナの印象」での、ガウディの死後も作り続けられるサグラダ・ファミリア教会に対する「山田康雄の死後も物まね芸人をつかって放映を続けるルパン三世のようなものか」(p.139)という主人公の感想も、なんとなく説得力がありながら「これを納得していいものか」と思う。その、自分が感じるギャップが、面白い。
 もう一度色々なところを読み返したくなるような、くせになる面白さを持った本。

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2009-05-23(土) 遊びを描く、遊び心に満ちた物語

長嶋 有『ねたあとに』(2009.2・朝日新聞出版) オンライン書店bk1楽天ブックスAmazon.co.jp

 『朝日新聞』に連載された、山荘で過ごす夏の日々を描く小説。

 山荘はちょっとおんぼろっぽいが、集まる人たちはみな楽しそう。そして、山荘ではいろいろな「遊び」をする。それは麻雀牌を使った「ケイバ」だったり、独自のルールを加えた軍人将棋だったり、言葉を使った遊びだったりする。
 この遊びは、頭で考えたものではなく、たぶん実際に遊んでいるものなのだろうと思う。それくらい、面白そうな感じがする。例えば「ケイバ」の絶対終盤に盛り上がるようになっているシステムのうまさや「各馬いっせいにスタート……しませんでした!」(p.24)という掛け声、。例えば「顔」や「それはなんでしょう」の結果の面白さ。

 そんな遊びの様子を描いたこの小説自体も、遊び心に満ちている。長嶋氏や氏の知人と思われる人物、長嶋氏の作品をもじった名前が次々と登場し、元ネタを知らなくても面白いが、知っているとなお面白い。
 「ゲームデザイナーのヲネミツさん」(p.107)や「相田カズトシー」(p.315)さん、「装丁家のナクイさん」(p.122)といった人物や、山荘を舞台に書かれた小説『ジャージにて』(p.14)に山荘の虫を撮影するブログ『ムシバム』。語り手である「久呂子さん」さえ、実はパロディなのである。

 ただ、あくまでもフィクションだし、私小説にもなっていない。登場する、長嶋氏がモデルと思われる作家の名前が(名字はナガヤマだが)「コモロー」という全然違う名前になっていることで、私小説であることからひらりと避けているような印象を受ける。
 その上で、さりげなく色々な主張も含まれている。「『文芸誌』に載った時点で感想をいう人は滅多にいなくて、だからより嬉しいのだ」(p.65)とか、「『ムシバム』は、本当はこの家を撮っているのである」(p.126)と気づく久呂子さん(この部分はエキサイティングだった)。「屁理屈も理屈、邪道も道」(p.237)という格言(?)も登場する。アイワのステレオは「PLAは大文字でYだけ小文字の「y」だ」(p.56)が、ソニーのCDラジカセは「PLAY」(p.272)であることへの注目も記憶に残る。

 最後に、細かな場面やせりふで面白かったものを。

・「女の子ってジャニーズとか、リップスライムとか、男の子同士が仲いいムードなの、大好きなくせに!」(p.109)。ジャニーズは分かるとしてリップスライム! その選択!

・その年最初の山荘訪問時に「コモローなら、ここで絶対にピンクパンサーのテーマを口ずさむ」(p.141)と思ったり、「オハヨーゴザイマス」、「いや、あれマーシーだから」(p.266)というやりとりが出てきたりすることのストレートさ。

・軍人将棋の対決を紅白歌合戦に例える久呂子さん(p.297)

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2008-07-07(月) 面白がれる要素がいくつもある小説

長嶋 有『ぼくは落ち着きがない』(2008年6月、光文社) オンライン書店bk1Amazon.co.jp楽天ブックス

 長嶋有氏の長編小説。元々は、雑誌『本が好き!』(光文社)2007年2月号から2008年1月号まで連載されたもの。
 高校の図書部を舞台に、部員たちを中心とした学校内の人物に起こる出来事を描いている。

 まず、部室という舞台の特異性がうまく使われている。廊下や校庭のように、学校内の人間が無制限に行き来する場所ではなく、また教室のように、決まった人物だけが存在する場所でもない。部員という、学年もクラスも違うが互いに知っている集団の中で、その時に応じて何人かの人間が集まる場所。だから、そこにいる人間の組み合わせで、色々なドラマが起こる。
 さらにこの部室が特徴的なのは、図書室の一部をベニヤ板で区切ったスペースである、ということ。一般的な部室よりも、外部との境があるようでないようで、外の人間を意識する場面も多く、それが部員という集団を刺激して、様々な出来事を起こす。

 それから、月刊連載という形式のためか、途中から物語の雰囲気が変わってくる面白さも感じた。はじめは、良くも悪くものほほんとして、だらだらとした空気が漂うのだが、途中で急に小説の世界の動きが加速していく。具体的には82ページ。ここで、部員の一人の様子が変化する。この場面も印象に残るのだが、そこから先、それぞれの人物の隠れていた部分がちょっとずつ見えてくるようになったり、それまで存在感がなかった人物が急にはっきりと見え出してきたりする。まさにタイトルどおり、みんな落ち着きがなくなる。読んでいるこちらとしても、メリーゴーランドだと思って乗っていたら、実はジェットコースターだったような、そんな気分になって、一気に読み進めてしまった。
 私は連載中は途中一回しか読んでおらず、今回改めて読んだのだが、例えるなら伝説的コンサートのライブ盤CDを聴いた時と同じ思いを持った。改めて読んでも面白い(ライブ盤でも素晴らしさを追体験できる)のだが、できることなら連載を追いかけて読むべきだった(コンサートの会場に居たかった)という心残りの気持ちを抱いた。でも、単行本にはボーナストラックのような「sequel」もあるので、単行本を読んでよかったと思う(本当は、両方読むのが一番良かったのだと思うけれど)。

 小説が何重もの構造になっていくのも、興味深かった。部員の日常の物語の中に、別の物語が登場することもあるし、架空・実在の小説が話題に上ったりもする。この小説の物語に対し、もうひとつ上の目線の世界があるのではないかと感じる部分もある。読んでいない方にはどういう意味か分からないかもしれませんが、こうした物語の目線が上下に移動する感覚も、長嶋氏の小説であまり感じたことがなかったので新鮮だった。

 それから、小説の最後で小説の世界が閉じていないのも、私にとっては嬉しかった。もちろん、最後にどんでん返しがあるのも、うまくまとまって終わるのも、私は好きです。でもこの小説は、ラストの閉じていない感じ(開放感、とは違う)が好ましく感じた。部員達の人生の中の、高校の部活動という時間を垣間見たというか、自分もそこにいた気分になれた。だから、「sequel」が面白い。

 あとは、長嶋氏の小説の魅力である、細かな場面やセリフの面白さも充分に堪能できた。高校の校歌に「チェリーブラッサム」(p.106)という歌詞があるらしいとか、作中に登場する小説に対する「大学ノートに一気に書いてあったらもっと似合う小説」(p.181)という評価とか。
 また著者の主張ではないかと感じた「『人と人の距離感を巧みに描いた作品』だなんて褒められても、なんのことか分からない。私が書きたいのは人と人の距離だけだ」(P.139)という作家の言葉、それから、「この世界はときどき、いやときどきじゃなくてしばしば、正しい方ではなくて格好いい方が勝つんだ」(p.206)という言葉、などなど。

 読む人によって面白い部分が様々になるような、魅力的な要素の多い小説だと思う。

 最後に、これはこの本を読んだ方向けの文章ですが、私は登場人物の中では図書委員と図書室の業務に携わる能見さんが好きです。最初は、「図書部員とは別に、クラスで選ばれた義務としての図書委員」を表す記号としての(それこそ「生徒A」のような)存在かと思いきや、徐々に存在感が濃くなっていく。最後は一部の部員よりも強く印象に残った。ひょっとしたら、長嶋氏が書き進むうちに徐々に思い入れを増していった人物なのかもしれないと思った。特に、頼子について訊いた後、望美の腕に静かに触れるシーン(p.203)が、たまらなく好きです。
 逆に、最初は素敵だと思った金子先生は、読んでいくと部員のうっとりぶりとはうらはらに、私にとっては受賞のコメントをきっかけにがっかりな感じになっていって、最後はその名前すらも「なんだかなあ」と思ってしまった。この気持ちの変化、面白かった。

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2007-05-08(火) 魅力が細部に宿る小説
夕子ちゃんの近道 長嶋有『夕子ちゃんの近道』(2006.4、新潮社)
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 主人公は、アンティークショップでアルバイトをしながら、店の倉庫代わりのアパートで暮らす男。どうやら30歳代らしいのだが、詳しいことは語られない。そんな主人公と、アンティークショップに集まる人々を描いた連作短編集。
 わりとスリリングなことが起こりそうなのに(そして時々は起こるのに)、登場人物がなんとなくのんびりしていて、あたふたしない。だから、なんだかほのぼのとした雰囲気を持っている不思議な小説。
 それから、なんでもないような会話や主人公の心情の中に、印象的な言葉ややりとりがいくつもある。「女の子はかわいければ、オタクでも恋愛する」(p.83)とか、「電車マニアってのは、いろいろなマニアがいる中でも、なんだか一番尊敬するな、俺は」(p.226)、「『(略)電車はどうしたって手に入らないから、乗ったり、写真におさめたり、切符を代わりに集めたりする」それは、なんだか途方もない好きのあり方だ」(p.226)とか。
 中でも印象的だったのが、化粧品に関係する単語のイメージを考えるシーン。コンシーラが「松本零士のSF漫画に出てくる宇宙人の美女みたいに聞こえた(私の名前はコンシーラ)」(p.127)に始まり、「『じゃあ、アイシャドーは』それは、悪の軍団って感じですね(おのれアイシャドーめ)」、「ファンデーションは、そうだなあ、物体を解析するための光線みたいなものじゃないですか(ファンデーションをもっと強くあててみろ)」、「『ゲランは』怪獣だ(ゲランの尾っぽを狙え!)」、「『ソフィーナは』美貌の乗組員(そんな心配そうな顔するなよ、ソフィーナ)」、「マックスファクターが宇宙船だな」(以上すべてp.127)というやりとりが続く。本筋と関係ないといえば関係ないが、なんかいいなあ。長嶋有さんの小説は、こういうちょっとしたシーンや会話も面白いんだよなあ。

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2003年4月16日(水) またもや、読書にいざなう2冊(の1冊)
・長谷邦夫『快読術』(1990年,ダイヤモンド社) 古本
 タイトルと版元から、ビジネス書かと思うかもしれないが、そうではない。けっこう 気軽に読めるエッセイ。タイトルに「快読術」とあるが、いわゆる読書法の本とはち ょっと違う。ここで俺がいう「読書法」というのは、例えば「本を読むときにどうやって メモを取るか」とか、「本に線を引いたり書き込みをしたりするか」などの技術面の 話を想定している。
 それではどういう内容なのかというと、「本屋の中をどう歩いて本を探すか」とか、 「どんな本を買うか」・「買った本をどこで読むか」といった話が中心になる。それか ら著者が読んだ本の紹介。
 本が好きな人にとっては、こうした話の方が参考になることが多いのではないだ ろうか。登場する本も、SFやミステリーから古典や文学まで幅広い。
 ちなみに、著者の名前を見てぴんと来た人は、トキワ荘の漫画家に興味がある、 知っている人だろう。長谷("ながたに"です、"はせ"ではなく)氏は、若き日は児童 漫画家として、その後はパロディ漫画の描き手や漫画原作者として活躍している。 大学や専門学校の講師も勤めている。しかし、だからといってこの本は漫画に関 する話ばかりが書かれているわけではない。むしろ、漫画家としての氏のイメージ とはまた違った一面を読むことが出来るだろう。

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2003年6月7日(土) 写真からも色々なものが読めると思わされる1冊
オンライン書店ビーケーワン:Tokyo nobody中野正貴『TOKYO NOBODY』(2000年,リトルモア)
 写真集です。1990年代の東京の風景写真なのだが、どの写真を見ても人が写っ ていない。しかも、被写体に選ばれているのは銀座・新宿・渋谷・池袋などの繁華 街や、高速道路・幹線道路なのである。つまり、本来なら人や車が行き交っていて おかしくない場所ばかりである。しかし、風景の中に人はおらず、人が乗っていそう な乗り物もない(駐車している車が数台見られるくらい)。
 さらに、夜中のいかにも人がいなさそうな時間ではなく、すべて昼である。おそら く、早朝や、お盆・正月などの人が少ない時を選んで撮影されたか、あるいは一瞬 の偶然が産んだ風景かもしれない。
 一枚一枚の写真を見ていると、ものすごく怖くて、不安になる。人類が滅んだ後 の東京は、こんな感じなのだろうかと思う。人がいないということが、これだけ独特 の雰囲気をつくり出すなんて、これまで考えたこともなかった。
 しかし、なんともいえない魅力があって、何度も見返している。そしてその度に、ゴ ーストタウンをさまよう人間のように、人の姿を探してしまう。まだフジテレビ社屋が 建設中のお台場(今の様子とは比べようもないくらい寂しい状態の頃)なんて、SF 映画の一場面でも見ているようで、これがほんの10年位前の東京かと思うと、不思 議だ。

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2003年1月2日(木) 古本にまみれる1冊
中川弘道『古書まみれ』(1997年,弓立社) 古本
 著者は現役の古書店主として東京の台東区上野に店を構えている。そんな著者 のプロフィールと書名を見ると、古書店主としての日々をつづったエッセイかと思う 人もいるだろうが、まったく違う。そうした想像をはるかに飛び越えるすごい本。
 では内容はというと、古書・古本にまつわる小噺にはじまり、ことわざや格言のパ ロディ、映画やマンガ・ゲームなどのタイトルを古本に関するダジャレにしたもの、 古本川柳、さらには「古本国憲法」なんてものまで、全編これ古書と笑いにまつわ る文章ばかりなのである。
 あらゆるものを古書に関連付けたパロディにしているので、元のネタがわからな いものも多い。それでも面白い。この情熱と迫力はそうそうまねできない。
 例えば、古本ゲーム(この設定自体が既にすごいが)の中に、「ポケットホンスタ ー」なんてのがあり、これはみんなわかるだろう。しかし、「セプテントリホン」なん て、みんなわかるのだろうか。スーパーファミコンに「セプテントリオン」(1993年,ヒ ューマン)という、難破した豪華客船から脱出するゲームがあったのですよ。その パロディ。ちなみに「セプテントリホン」の内容は、
「大津波で転覆した船からの脱出映画を模した設定。珍書の払底と活字離れと不 況の嵐の中、危機に瀕する古書店を迷路からいかに抜け出させるか。トラップだら けで、難易度の高いリアルな作だ」(p.191)
 とのこと。ううむ、このゲームを知っていることも、ある程度の内容が分かってい ることもすごいと思うぞ。
 好き嫌いは人によってはっきりするだろうが、俺は面白いと思うなあ。

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2007年4月9日(月)敬意と情熱が、忘れられた存在に光を当てた
謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影 中野 晴行『謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影』 (2007年2月,筑摩書房)Amazon.co.jp)(bk1

 とにかく、漫画に詳しくない私には、「『新寶島』に手塚治虫氏とともに名前が掲載されていた人物」という程度の印象しかなかった(漫画家であるということすらはっきり認識していなかった)酒井七馬氏について、詳しく知ることができたのが貴重な経験だった。
 また、酒井氏の名前を知る人達にとっても、「晩年は食べるものもなく、コーラで飢えをしのぎ、裸電球を布団に引き込んで暖をとり、とうとう最後には餓死した」(pp.7-8)という、都市伝説のような認識がされていたらしい。他ならぬ著者の中野氏も、そのように長年信じていたという。そこから、少しずつ証言を集めて、実像に近い姿を突き止めた評伝がこの本。酒井氏の生涯が本という形でまとまっただけでも貴重だし、非常な労作だと思う。

 はじめは、自分にはあまり馴染みのない戦前から戦時中の大阪の漫画・映画関連の人物名や、関西の地名が登場するので、読んでいてちょっと戸惑ったが、中盤以降読み進むにつれ、ぐんぐん引き込まれた。
 酒井氏の活動は、もちろん興味深い。例えば戦後に左久良五郎の名義で紙芝居の制作をしたことや、アニメーションの制作にも携わったことなど(1966年からはあの『オバケのQ太郎』のアニメの絵コンテを担当していたという)。しかしそれとともに、本の中にも度々登場する手塚治虫氏の人間らしさ(もう少し悪い言い方をしてしまうと、人間臭さ)も感じた。
 例えば手塚氏の『ぼくはマンガ家』(1969年,毎日新聞社)でも、晩年にコーラだけを飲み、電球で暖を取ったという、事実とは異なるエピソードが書かれているようだし(p.9参照)、『新寶島』について、これまで手塚氏側の証言のみが残ってきたことが、酒井氏の評価が下がった(そして存在が忘れられた)一因でもあるようだ。手塚治虫漫画全集版の『新宝島』の「『新宝島』改訂のいきさつ」には、次のようなことが書かれているという。孫引きになってしまいますが引用します。

この企画を酒井さんが持ってこられたとき、とにかく、好きなようにかきおろしてほしいと草案をおいていかれたので、(中略)お引き受けすることにしたのです。(中略)それはプロローグで犬を拾うところから、ラストの夢オチまで、ちゃんと起承転結のある物語でした。しかし、酒井さんは、出版社との約束が百九十ページがギリギリ限度だということで、六十ページ分をけずられました。本のページ編成の都合があったのでしょうが、ちゃんとまとまった話からそぎとる形になりますから、筋の構成に無理が生じます。(中略)また、これも相談なくぼくの原稿にいろいろな字や絵をかき加えられました(pp.110-111)

 これだけを読むと、まるで手塚氏の原稿がそのまま出版できそうなのに、酒井氏が不要な修正を加えたような印象を持つだろう。しかし実際は、そうではなかったらしい。酒井氏の没後、手塚氏の母から酒井氏の姪へ、「二十数年前を振り返って『デッサンひとつ習ったことのない息子』にとって『新寶島』の合作が良い勉強となり、何度も七馬の指導を仰いだことに感謝している」(p.117)という内容の手紙が送られたという。また、『新寶島』の後に袂を分かったような印象のある酒井・手塚の両氏だが、実際は手塚氏が東京に出るまでは、マンガ家によるショーや児童養護施設の慰問、関西漫画芸術協会の会合などに、両氏とも参加していたという。

 しかしそうした証言は、これまで公表された手塚氏による漫画や文章などの記録には書かれていない。講談社の手塚治虫漫画全集版の『新宝島』は、『新寶島』を元に手塚氏がリライトした別の作品である。そして『新寶島』(酒井・手塚合作版)は今に至るまで復刊されていない。
 もちろん、手塚氏に酒井氏の存在を消す意図はなかっただろう。中野氏もそう考えている。私も、手塚氏はその時その時で自分にとって一番いい、そして読者の人気を得られる作品を世に出そうという意図からの行動だと考える。そしてそれが、手塚氏の人間らしさだと思う。

 しかしそれでも、中野氏は「果たして、作家には自分の作品や共作者の存在を消し去る権利があるのだろうか」(p.240)と疑問を呈している。この考えにも、私は賛成である。そして、「図らずも存在を消されてしまった酒井七馬という不思議なクリエーターの実像に迫ってみたい」(p.240)という思いから取材を進め、この本にまとめ上げた中野氏に、私は改めて敬意を感じる。

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2008年08月15日 (金) 中村選手の言葉は、正確に伝わっているのか

中村俊輔『察知力』(2008年5月・幻冬舎新書) オンライン書店bk1楽天ブックスAmazon.co.jp

 中村俊輔選手の著作ですが、実際は構成を担当したライターの方がインタビューをまとめたもののようです(目次に「構成 寺野典子」とあります)。

 本のテーマからは、中村選手の独特の考え方が出ていて、面白い。
 まわりの状況を見て、その中で自分ができる最良のことを考え、実行するのが中村選手の考え方。これは、(マスコミを中心に)最近の日本のサッカー選手に求められている、プレーにおける我の強さとはちょっと違う考え方で、それが興味深かった。中盤の、特にバランスを取ってチーム全体を動かす役割を持つ選手には、こうした考え方も必要なのかもしれない。

 ただ、その中村選手の考えが、構成の方を通すと正確に伝わってこない印象も受ける。「空気を読む」という、使うことに賛否両論のある言葉が頻発するのが気になって、これは中村選手がどのような意図で使う表現なのか、どこかで説明が欲しかった。「察知力」という造語も、なんとなく読んでいて落ちつかない。観察力・想像力・感受性などの意味を込めた言葉なのだと思うが、必要以上に強調されている印象がある。

 そうした文章の難に目をつぶって、いくつか印象的だった部分を紹介します。

・中村選手の原動力は危機感にある。スコットランドリーグでMVPを受賞した時に思ったのは「『来シーズンはきっと大変なシーズンになるだろう』という予感と、そのために何をしなくてはいけないのか? ということ」(p.10)だったという。一方、「負けても得るものはある」(p.15)、「歯が立たない、自分はまだまだだと思えたら、それはそれで素晴らしいことだと感じている。だって、課題が見つかったってことだから」(p.15)という考え方を持っている。

・良い出来事にうぬぼれず、悪い出来事に前に進むヒントを見つける考え方は、イビチャ・オシム全日本代表監督とも共通すると思う。それはオシム監督当時の日本代表に参加して、中村選手も感じていたようだ(pp.30-33)。

・短期・中期・長期の目標を立てて、やるべきことをひとつづつ達成していくという考え方は、ビジネスマンにも通ずる緻密さを感じた(pp.40-41)。

・中村選手の得点・アシストにつながるプレーのひとつ、フリーキック。その精度の高さには、技術とともに観察力が要因にある(pp.50-51)。中村選手は、フリーキックを「蹴ったらすぐに顔を上げる。ボールの行方を追うこともあるけれど、キーパーを観察することも忘れない」(p.51)。たとえそのフリーキックをはずしたとしても、その時キーパーがどう動いたかを見て、次に蹴るときにその経験を生かす。

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2003年1月30日(木) 知的好奇心を刺激される2冊
オンライン書店ビーケーワン:怪獣はなぜ日本を襲うのか?長山靖夫『怪獣はなぜ日本を襲うのか』(2002年,筑摩書房)
 俺が長山氏を知ったきっかけは、横田順彌氏の明治時代に関する著作だった記 憶がある。といっても、長山氏は明治時代の人ではありませんぞ。現役の歯科医 兼、明治時代を中心とした文学・思想の研究者として知られている。研究対象は、 どちらかというと正統派より異端に属する人々や物事。この研究対象が俺にとって まず興味深い。
 この本も、まずタイトルと、それから取り上げられている人物・作品に惹かれた。 タイトルだけだと、怪獣についての話だけのように思えるが、内容は次の三部から なる。
・第一部…怪物出現
 ゴジラをはじめとする巨大怪物について、そして仮面ライダーに登場する怪人に ついての考察。
・第二部…怪物製造人発掘
 主として怪奇小説・幻想文学の書き手であった次の人々の紹介。渋江保・村井 弦斎・小酒井不木・小栗虫太郎・山田風太郎。ううむ、名前を聞いただけでわくわく しますな。
・第三部…「不在」の怪物
 「二〇世紀の終わり方」・「『偽書』の日本史」・「『西遊記』とサブカルチャー」・「医 学の夢、生命の夢、手塚治虫の現実」の四編。

 正直に言いますと、内容は俺にはちょっと難しい部分もあった。しかし、最初に書 いたように、取り上げられている対象への興味、そして長山氏の考察する過程の 面白さ、参考・引用文献の面白さで、最後まで一気に読んだ。

 対象となっているジャンルが好きな人は、知的好奇心が刺激されて、興味深く読 めるのではないだろうか。

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2002年9月18日(水) 今回はマニアックな感じのものを4冊紹介(の1冊)
長山靖生『コレクターシップ』(1992年,JICC出版)
 古今東西の(といっても日本人のみですが)コレクターを紹介し、コレクターのあり 方を語る本。美術品・骨董品などのコレクターが中心だが、コレクションに人生を 賭けた人たちの話というのは、面白い。
 集めるという行為は、どうしても消費とみなされる。集めるためには買う必要があ るわけで、買うことはまぎれもなく消費活動だから。しかし、この本を読むと、集め ることは立派な生産活動だと、思うわけですよ。コレクションにはその人の思想・哲 学(著者はこれを「コレクターシップ」と呼ぶ)が反映される。逆に言えば、コレクター シップなく集められたものは、単に「ものの集まり」でしかない。コレクションから感じ られるコレクターのこだわりがあるから、面白いのだ。
 特に後半の「知の体系」をつくる人々の紹介は、面白い。柳田國男・南方熊楠に はじまり、澁澤龍彦・荒俣宏・横田順彌・赤瀬川原平と、名前を聞いただけでわくわ くするような人々について語られる。

 今は絶版だが、ちくま文庫あたりで復刊されないかなあ。
2006.03.15追記:読みが当たって、ちくま文庫で『おたくの本懐』のタイトルで復刊されています。
・長山 靖生『おたくの本懐』(2005.1,ちくま文庫)

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2004.9.17(金) 名作の隠れた逸話を読んでみよう
オンライン書店ビーケーワン:謎解き少年少女世界の名作長山靖生『謎解き 少年少女世界の名作』(2003年,新潮新書)
 著者は、明治から対象にかけての世相や大衆文学の研究で知られている。
 この本は、「フランダースの犬」や「十五少年漂流記」のような子ども向けの「世界 の名作」が書かれた背景を調べることで、それらの物語に実はどんな意味がある のかを考察した本。当然、物語が書かれた時代・地域などと無縁ではないわけで、 そうした部分を面白く掘り下げている。
 紹介されているのは、次の物語たち。

・第一章 経済原理と世界戦略
 フランダースの犬・王子と乞食・小公子・宝島
・第二章 冒険の中の家族、民族、国家
 家なき子・十五少年漂流記・ドリトル先生物語・西遊記・最後の授業・クオーレ
・第三章 「本当の自分」探しのはじまり
 ピーター・パンとウェンデー・若草物語・野性の呼び声・少女パレアナ

 なんとも知的興奮を誘う本。名作ということで隠されがちな部分を、丁寧に調べて 書いている。例えば、これは有名な話だが、「フランダースの犬」は、作者ウィーダ の作品の中では珍しく暗く、また「今時、『フランダースの犬』を読んでいるのは、世 界広しといえども、日本人だけだからだ」(P.17)などという話も出てくる。
 中には突飛な印象をもつ意見もある。大人にならないピーター・パンを「何者だろ うか。私には、『死んだ子供』以外の答えは見つからない」(p.151)という意見は、物 語を単に名作と考えていては出てこないかもしれない。しかしこうした点も、しっか りと資料を集め、説得力のある話になっている。

それから、俺のように「世界の名作」をほとんど読んだことのない方には、あらす じを知ることができる、という点も面白い。

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2006.06.07(水) 漱石のしゃべりの巧みさを知る
・夏目漱石『私の個人主義』(1978.8,講談社学術文庫)
 漱石の講演をまとめた本です。収録されているのは、下記の五つの講演。

・道楽と職業/現代日本の開化/中味と形式/文芸と道徳/私の個人主義

 読んでまず感じたのは、漱石は書くことはもちろん、しゃべるのも巧みだったんだなあ、ということ。非常に人を惹きつけるのがうまい話し方だと感じた。もしかしたら、読みやすいという点では漱石の小説よりも、この講演録の方が読みやすいのかもしれない。

 例えば、「私の個人主義」(pp.120-157)。これは大正三年(1914年)、学習院での講演。
 最初が、なにを話すかなかなかまとまらなかった、という話で始まる。そして次が落語の「目黒のさんま」の話。これは、漱石が自分のような者が講演に呼んでもらえるのは、たまにはさんまを食べると美味しいのと同じようなことだという謙遜。
 最初はこうしたあまり関係のない話をして、聴く者をリラックスさせ、そして徐々に本題に入っていく。
 本題の部分でも、読んでいて話の順序が混乱することがない。途中にはそれまでの話の内容をまとめて振り返ったり、話の区切りにはここが区切りだとはっきり伝えたりしていて、非常に分かりやすい。また注や辞書が必要な単語もほとんどない。
 いやあ、講演や演説のお手本のような話し方ですね。最後まで読んだときに、講演を聴いたときのように拍手をしたくなったよ。

 もちろん、話し方だけでなく、内容も非常に興味深い。同じく「私の個人主義」から紹介しましょう。
 ここでいう個人主義とは、「他人本位」(p.133)に対する「自己本位」(p.135)をいう。これは、他人(特に西洋)の思想を真似するのではなく、「自分の鶴嘴で掘り当てる所まで進んで行かなくっては行けない」(p.138)ということ。
 つまり個人主義といっても、自己中心的とは違う。「自分が他から自由を享有している限り、他にも同程度の自由を与えて、同等に取り扱わなければならん」(p.144)のである。そして、これは権力や金力のある人ほど心得ないといけない、とも漱石は言っている。
 さらに話は個人と国家にも及び、「個人の幸福の基礎となるべき個人主義は個人の自由がその内容になっているには相違ありませんが、各人の享有するその自由というものは国家の安危に従って、寒暖計のように上がったり下ったりする」(p.153)。つまり国家主義と個人主義は対立せず、国の状況によって個人の自由の幅は当然変わってくるというのが漱石の考え方。
 ただし軸足はやはり個人主義にあるのであって、「そう朝から晩まで国家国家といってあたかも国家に取り付かれたような真似は到底我々に出来る話ではない」(p.155)のである。さらに、「元来国と国とは辞令はいくら八釜しくっても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、誤魔化しをやる、ペテンに掛ける、滅茶苦茶なものであります」(pp.156-157)ということで、「徳義心の高い個人主義にやはり重きを置く方が、私にはどうしても当然のように思われます」(p.157)と話が結ばれる。
 非常に納得できる話なんですね。「無暗に片仮名を並べて人に吹聴して得意がった男が此々皆これなりといいたいくらいごろごろしていました」(p.134)なんて、今でも変わっていないなあ。

 「道楽と職業」(pp.9-36)からも紹介しましょう。これは明治44年、明石での講演。ここでは仕事について次のように述べられている。
「人が商売となると何でも厭になるものだといいますがその厭になる理由は全くこれがためなのです。いやしくも道楽である間は自分に勝手な仕事を自分の適宜な分量でやるのだから面白いに違いないが、その道楽が職業と変化する刹那に今まで自己にあった権威が突然他人の手に移るから快楽がたちまち苦痛になるのは已むを得ない」(pp.30-31)
 仕事というのは、こういうものだろうと思う。面白い仕事がないとか、自分にあった仕事を探したいとかいうことを言う人もいるが、それはそうとう難しそうだ。逆に、仕事はつまらなくて当然だと思うと、多少は気が楽になる。
 また一方で、「己のためにする仕事の分量は人のためにする仕事の分量とおなじである」(p.19)という話もある。「人のためにする分量が少なければ少ないほど自分のためにはならない結果を生ずる」(p.19)し、逆に「人のためになる仕事を余計すればするほど、それだけ己のためになる」(p.19)のである。
 結局、一生懸命働くのが大事なのである。

 最後にもうひとつ、「現代日本の開化」(pp.37-66)から。これは明治44年8月、和歌山での講演。
 この中で、「消極的に活力を節約しようとする奮闘に対して一方ではまた積極的に活力を任意随所に消耗しようという精神がまた開化の一半を組み立てている」(p.46)という話がある。これだけだと分かりにくいかもしれないが、続く例を読むとよく分かる。例えば、ただ移動するなら自動車などを使いたい、あるいは電話などを使って楽をする。一方で散歩のためにわざわざ歩くのである。
 しかしこれは仕方ない。散歩しようという「道楽気の増長した時に幸いに行って来いという命令が下ればちょうど好いが、まあ大抵はそう旨くは行かない」(p.47)ようになっている。そしてこれが当時の文明開化の要因である。

 全体を通して、読みやすく、かつ読み応えのある本だったなあ。

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2003年6月17日(火) 偉大な祖先の偉大な子孫によるこの1冊

オンライン書店ビーケーワン:漱石の孫夏目房之介『漱石の孫』(2003年,実業之日本社)
 夏目房之介氏はマンガコラムニストとして知られ、最近はマンガ評論の分野で国 際的な活躍もしている。そして、生まれたときから夏目漱石の孫であった。その氏 が、かつて漱石が暮らしたロンドンを訪ねた。これはNHK-BS『世界わが心の旅  ロンドン百年ぶりに祖父の街へ』(2002年)というテレビ番組の企画がきっかけだっ た。
 この番組で漱石の下宿を訪ねる場面から、この本は始まる。そこから、房之介氏 の半生の回想・祖父漱石、父夏目純一氏(音楽家)が房之介氏に与えた影響・当 時及び現在のロンドンの様子・房之介氏のマンガ評論に関する話・などなど、色々 なところに話は及ぶ。
 このように紹介すると、まとまりのない本のように感じる方もいるかもしれない。し かし、実際に読んでいると話題はたくさんあるのだが、全体に不思議な統一感があ る。
 そもそも、房之介氏のファンを自称する俺にとっては、氏が父上、更には祖父漱 石と面と向かった内容の本を書くこと自体がなによりも興味深かった。房之介氏に は、「漱石の孫」として見られることを嫌っているようなイメージがあったし、過去の いくつかの著作ではそのような趣旨のことを書いてもいた。漱石のことを取り上げ ても、斜に構えてしまいまっすぐに向き合ってはいないような印象を受けた。
 しかしこの本では、どの部分も父純一氏、祖父漱石とのかかわりを意識して書か れている。特に第四章「漱石と僕」はそれが顕著に表れている。それがこの本が持 つ統一感の要因であろう。
 房之介氏のファンはもちろんのこと、漱石に興味がある人も、漱石の新しい一面 を知ることができるかもしれない。

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2003年2月7日(金) 本が読みたくなる2冊
夏目房之介『読書学』(1993年,潮出版社)
 雑誌『コミックトム』(潮出版社)1986年5月号〜1991年11月号に連載。マンガ評 論で知られる夏目氏が、文章とマンガで読書について語るという内容。
 本そのものについてよりも、人(主に夏目氏自身)と本の関係について書かれて いるページが多く、これがまた面白い。どんな内容かといえば、こんな内容。
 第1章 あやしい読書…マンションのゴミ捨て場にはどんな本があるかとか、本棚 についての考察とか(特に夏目氏の本棚の紹介は興味深い)。それからTPOに応 じた読書のしかたも考察されている。といっても、ラーメン食べながら、コインランド リーで洗濯が終わるのを待ちながら、美容室で髪を切ってもらいながら、それぞれ どんな本を読めばいいのかを考えるのだが。
 第2章 まともなマンガの読み方…手塚治虫の追悼企画として、手塚氏のマンガ を考察した回。これは後に『手塚治虫はどこにいる』(1995年,ちくま文庫)につな がった企画だとあとがきにも書かれている。その他の作家(みなもと太郎・坂田靖 子・南伸坊)の紹介もあれば、漫画専門店の店や客のマナーの悪さに憤慨する回 もある。そうかと思うと、アメコミ風の書き方でゲゲゲの鬼太郎のキャラクターを書 いていたりもする。
 第3章 気まぐれブック・ガイド…その時々の新刊紹介や、氏のご自慢のヘンな古 本の話など。
 第4章 思い出の日々…子どもの頃から学生時代を経て、編集者として働いてい た頃までを、本とのかかわりを中心に振り返る。
 第5章 恐縮な私事…ここで書かれる三田平凡寺の話は面白い。この人は夏目 氏の母方の祖父にあたる。とにかく変わった人だったようだ。三田平凡寺について は、氏の『不肖の孫』(1996年,筑摩書房)にも詳しく書かれているので、興味があ ればどうぞ。ちなみに父方の祖父は、いわずと知れた夏目漱石ですね。
 第6章 豪華な付録…まとめとして、夏目氏の性格や趣味嗜好に影響を与えた 本、作家について語る。
 あまり本が好きでない人にもおすすめできる。あまり本そのものと関係ないような 話をしているのだが、その話を読んでいると、徐々に「本、読んでみようかなあ」と 思わされるのではないだろうか。俺は大学に入った頃図書館でこの本を借りて読 んで、本好きに拍車がかかった記憶がある。

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2009.02.08(日)『ハルチン』と、「働く女性の日常マンガ」の系譜

ハルチン魚喃キリコ『ハルチン1』(祥伝社) Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス
ハルチン 2魚喃キリコ『ハルチン2』(祥伝社) Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス

 1巻は復刊、2巻はこれまで単行本にまとまっていなかったものを収録したとのこと。
 著者のマンガの中では異色作らしいが、逆に私にとっては読みやすかったし面白かった。

 雑貨屋でバイトしながら、お酒を飲み、衝動買いをし、なんとなくだめーな感じの(でも楽しそうな)生活を送る女性、ハルチン。そして彼女の同僚であり、一緒に過ごすことも多いが、服装や髪型は女性らしく、彼氏もいるチーチャン。そんなふたりのなにげない日常が描かれている。
 ハルチン、あまり深い友達になると苦労しそうだけれど(というか彼女のことがいちいち心配になりそう)、知り合いとして付き合う分には面白い人なんじゃないかと、30過ぎの男の目線で読むと感じる。

 このマンガについて、高野文子『るきさん』(マガジンハウス)との共通点を感じる人が多いのは良く分かる。掲載誌が『Hanako』であったこと、フルカラーで均一のコマが並ぶ構成、働く女性二人のなにげない日常を描いていること、などなど、たしかに似ている。

 そして私は、この「働く女性の日常マンガ」の流れに、2000年代後半の作品として益田ミリ『すーちゃん』・『結婚しなくていいですか。 すーちゃんの明日』(幻冬舎)を置いてみたい。

 1980年代、バブルの世の中で、その流れには乗らずに生きる『るきさん』、1990年代の不景気の中でも、まだのほほんとした感じのある『ハルチン』、2000年代(特に後半)の切実さを描いた『すーちゃん』と、この三冊を順番に読んでいくと、その時その時の現実味のある日常が分かるのではないかと思う。

 最後に。私は『ハルチン』には『るきさん』とともに、もうひとつ、別のマンガの影響を感じる。それは、いしいひさいち『バイトくん』。ハルチンとチーチャンのふたりのだらだらした感じには、『バイトくん』の学生たちのだらだらした、でも明るく、ある種図太い感じに通ずるものがあると思う。

高野 文子『るきさん』(筑摩書房) Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス
益田 ミリ『すーちゃん』 幻冬舎  楽天ブックスオンライン書店bk1Amazon.co.jp
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南陀楼綾繁「ナンダロウアヤシゲな日々〜本の海で溺れて〜」(2004年,無明舎出版)  オンライン書店bk1Amazon.co.jp楽天ブックス

 著者は編集者を本業としながら、ライターとして本に関する文章を書いている。
 タウン誌やミニコミ、webサイトなど、あまり知られていないけれど密度の濃い媒体メディアや人物の話題が多く、読んでいると自分の読書の世界が広がる感じがする。

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2004.7.4(日)古本はまだまだ奥が深いぜ
南陀楼綾繁:編『私の見てきた古本界70年 八木福次郎さん聞き書き』 (2004年,スムース文庫)
 八木福次郎氏は、古書店主・読書人向けの雑誌『日本古書通信』を発行する日 本古書通信社の代表取締役。そして古書界の生き字引ともいえる人である。その 八木氏へ、編集者・ライターの南陀楼綾繁氏と、1970年代生まれの若手古書店主 がインタビューした内容をまとめたのがこの本。
 八木氏が兵庫の昭和8年に旧制中学を卒業し、神田駿河台の古今書院という出 版社に入社するあたりから、話が始まる。そこから、昭和11年の『日本古書通信』 の編集への参加、それから戦時中を経て、戦後しばらくくらいまでの古本界の状況 が、色々な人物や出来事とともに語られる。
 いやあ、おもしろい。八木氏の、とても1915年生まれとは思えない元気な話しぶり によって、臨場感のあるインタビューになっている。永井荷風や吉川英治に会った 思い出や、戦後にデパートで初めて古書店を開催した時の話などが、当たり前の ことのようにでてくるのだからすごい。それから、昔の神保町周辺の地図も掲載さ れており、これもまた面白い。「この店はこの頃からあったのか」などと、色々なこと が分かる。
 しかし、かつて昭和10年代の神保町は、古本屋の露店も出ていて、普通の店も 夜9時頃まで営業していたというのを読んで(pp.17-18)、うらやましくなった。そんな 夜の神保町も、歩いてみたいなあ。

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2007-08-09(木)状況にあわせて戦うということ

イビチャ・オシムのサッカー世界を読み解く西部 謙司『イビチャ・オシムのサッカー世界を読み解く』(2007年4月、双葉社)bk1Amazon.co.jp楽天ブックス

 Jリーグのジェフユナイテッド千葉・市原(以下「ジェフ」)のサポーターでもあるスポーツライターの著者が、2003年から2006年のジェフの試合を分析した本。イビチャ・オシム監督がジェフを率いて戦った試合の中で、特にオシム監督の考え方がプレーに表れた試合を取り上げている。

 したがって、「焦点はあくまでもオシムのサッカーであって、オシム自身ではない」(p.6)ため、少なくとも2003年以降の全世界的なサッカーの潮流や、Jリーグの状況を多少なりとも知っていないと、試合やプレーのポイントが分かりにくいかもしれない。

 オシム監督が、ジェフという当時Jリーグでも中くらいの実力のチームでいかに戦ったかを読むと、日本という世界の中で中くらいの実力の代表チームがいかに戦おうと考えているかが感じ取れる。
 ポイントになるのは、状況にあわせて戦うことの重要性だろう。オシム監督には「サッカーには相手がある」(p.132)という口癖がある。「相手がどうであろうと自分たちのサッカーをやる、そういうポリシーのチームもあるが、オシム監督はそうではない。というより、まず相手に合わせて守るのがオシムとジェフの”自分たちのサッカー”だった」(p.132)。そして現在の日本代表のサッカーでもある。
 こうした、相手に対応したサッカーをしようとするのはなぜか。それは「自分たちのサッカー」を徹底することで成功した経験が少ないから。例えば、「ブラジル人が『ブラジルのサッカー』と聞けば、誰もがある程度共通したイメージを持つことができるはずだ。イタリア人にとってのイタリアのサッカー、ドイツ人にとってのドイツのサッカーも同様だと思う」(p.204)。しかし、日本人には日本人のサッカーがない。正確には、日本人がプレーすれば日本らしいサッカーにはなるが、それにこだわるだけの成功(勝利)の経験がない。
 だからこそ、少なくとも現時点の日本は、「相手の長所を消して、弱点をつく。その中で、自分たちのリズムをつかむ」(p.134)サッカーが有効になる。例えば、現在の世界最高峰の選手の一人と言われるブラジルのロナウジーニョ。彼を擁するチームといかに戦うかを考えた時、次のような方法がヒントになる。「仮にロナウジーニョの攻撃力が10なら、守備力5のDFには抑えられない。ところが、ロナウジーニョの守備力が2で、DFの攻撃力が5なら、DFが攻撃に出てロナウジーニョに守備をさせれば優位に立てる」(pp.134-135)。

 もちろん、こうした相手に対応するサッカーだけでいいのか、という疑問を抱く人も当然あると思う。しかし、まずは相手にあわせて戦い、勝つ経験を重ねることで、その中で自分たちの特色あるサッカーをしていくことが、結局は「日本のサッカー」と言われるサッカーを作る近道なのだろうと思う。この点を理解できたことで、これからの日本代表が目指すであろうサッカーの見方が明確になった。

 その他、もう少し細かな点で興味深かった話をふたつ紹介します。

 ひとつはオシム監督が理想とするセンターフォワード(「理想のCF」、pp.101-104)。有名な選手の名前を借りれば、ヨハン・クライフ型のフォワードが理想のようである。特徴としては、点を取るだけでなく、味方を使う(パスを出す)プレーができる、チームプレーに徹することができる、など。これに対して、ゲルト・ミュラー型フォワードとでも呼ぶべき選手もいる。味方からのパスを受けてゴールを決めることに専念するが、ゴールを決める能力がとてつもなく高いタイプの選手。
 どちらのタイプにもそれぞれ魅力はあるのだが、オシム監督の理想とするサッカーには、ヨハン・クライフ型がフィットする。

 もうひとつは、オシム監督のシステムの中で必要とされる選手像(「選手のタイポロジー」、pp.191-196)。ここでのシステムとは、「プレーのやり方」(p.190)のこと。一般的には選手の配置もシステムと呼ぶが、著者は「人の置き方」(p.190)はフォーメーションと呼び、区別している。なぜなら、オシム監督のサッカーでは「形がない(フォーメーションが変化する)が、形がある(システムがある)」(p.190)から。
 システムに必要な選手の特徴を読むと、これから日本代表に呼ばれそうな選手、サポーターやマスコミが待望している選手がなかなか呼ばれない理由が、それぞれ想像できる。

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