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振り返れ2011

*木の葉燃朗の2011年の記録


 本当はあまり振り返っている場合でもないのかもしれないけれど、将来読み返すことを考えて、2011年の私的印象的だったことを振り返っておきます。
 なお2010年までは、ジャンルごとに印象的だったものを振り返っていましたが、2011年は時系列で思い出していこうと思います。なお、敬称略で書きます。それから、リンク先はブログやサイトに書いた感想です。

1月

 1月は特にこれという出来事もなく。

2月

 三浦知良『やめないよ』(新潮新書)を読む。思えば、この本が2011年のカズブームのひとつの契機だったのだろう。
 簿記3級の試験(2回目)を受けたのもこの月。これには無事合格し、3月下旬の大変な時に合格証書を送ってもらった。

3月

 地震の前日3/10に聴きに行った「ハップンTVフェスティバル」(ソフテロ/斉藤憲八/西村晋弥GPP/あなたのとりこ)は、平穏だった時期の思い出としても記憶に残っている。
 そして地震の後、気持ちを救ってくれたのは、自分がそれまで愛していた様々な物事だった。一時期はあらゆるものがそれどころではなかったけれど、まず3/20の伊藤サチコ「MY FAVORITE TIME! Vol.5」(伊藤サチコ/Tahnya/磯貝サイモン)があって、3/23にクノシンジを、3/24にソフテロを聴きに行った。このあたりで、音楽の力を信じる気持ちをもう一度抱くことができたと思う。
 そして、3/29の「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」(日本代表対Jリーグ TAEM AS ONE。大阪・長居スタジアム)サッカーのチャリティマッチでのカズゴールは、2011年記憶に最も残ったふたつのゴールのうちのひとつ(もうひとつは後述)。

4月

 4/1に、サッカーのドキュメンタリー映画「クラシコ」を見て、公開記念の湯浅健二・宇都宮徹壱トークショーを聞く(@池袋シネマロサ)。この時はあまり意識しなかったが、2011年は自分にとってサッカーの存在感がより大きくなる年だった。
 4/30には佐々木則夫監督の講演会も聞きに行っている。川上直子さんとのトークセッションも行われた。女子W杯の開幕前の時期で、当日は土曜日でJリーグも開催されていたはずで、聴衆はよほど女子サッカーに関心がある人と、主催者の関係者や、少年少女サッカーチームの選手と関係者という印象だった。だから非常に貴重な場で話を聞いたと思うよ。
 そして、4/27に見に行った「生誕100年 岡本太郎展」(@東京国立近代美術館)には、生きることについての根本的な部分の力というものを感じた。
 読んだ本の中では、全5巻で完結したマンガ、とよ田みのる『友達100人できるかな』(講談社)が印象に残る。

5月

 5月はなんといってもクラシックの音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 熱狂の日音楽祭2011」。今年は地震の後、開催を決定→会場の東京国際フォーラムの一部ホールの使用困難と、来日困難な演奏者が判明→プログラムを練り直して、規模縮小ながら開催という形になった。それに対して思うことや言いたいことがある人はいるでしょうが、私はただただ「今年もこの音楽祭があって良かった」と思った。
 この月に第一巻が出た森高夕次(原作)・アダチケイジ(漫画)『グラゼニ』(講談社)は、プロ野球を年俸を中心とした数字という点から描いているマンガ。後に年間のマンガランキングで高順位になったそうですが、私は書店で見つけて何気なく買って読んで、ファンになった。
 極私的な出来事としては、部屋のドアが壊れて出られなくなり、なんとか取っ手の部分を取り外して出られるようになった、という「事件」もあった。

6月

 この月には印象に残る本を色々読んだ。
 西芳照『サムライブルーの料理人』(白水社)は、サッカー日本代表の専属シェフによる記録。パオロ・バチガルピ『ねじまき少女(上・下)』(ハヤカワ文庫SF)は、他人事には思えない、エネルギーの枯渇した未来のタイを舞台にしたSF小説。ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(新潮社)は、ドミニカの歴史と、アメリカのオタク文化を描き、暴力に対抗する手段としての文化を感じた。
 音楽では、6/25にサントリーホールで聴いた、新日本フィルハーモニー交響楽団定期演奏会(エルガー「チェロ協奏曲ホ短調 op.85」、ベートーヴェン作曲「交響曲第7番イ長調 op.92」。指揮:ダニエル・ハーディング、チェロ:ウェン=シン・ヤン)が印象的。初めて行ったサントリーホールの雰囲気、そして初めてコンサートで聴いた「ベト7」。

7月

 7/8「サキタハヂメ"SAW much in LOVE"発売記念コンサート 東京 vol.1」(@東京オペラシティ近江楽堂)でミュージカル・ソウ(のこぎり音楽)の音色に酔い、7/24の“Bye Bye Broadcasting”by Braun Tube Jazz Band(和田永)@渋谷WWWで、アナログ放送の終わる瞬間を見て、そこからブラウン管テレビを使ったライブパフォーマンスを聴いて、、という音楽的に印象的なこともあった。
 しかしこの月はやはりなでしこジャパンでしょう。コアなサポーターではないが、それでも7〜8年、代表やリーグの試合を見てきた者として、W杯での優勝は本当に嬉しかった。一方で、フィーバーというかブームに熱狂する人と、それを揶揄する人の両方を冷静に眺めていたのも事実。ともあれ、決勝戦アメリカ戦の延長で澤選手が決めた同点ゴールは、3/29のカズゴールと並ぶ、2011年記憶に最も残ったゴール。正直に言って、私はアメリカ戦で勝ち越された時には、「ああ、やっぱりアメリカには勝てなかった」と思った。でも、選手たちはそう思っていなかった。だから世界一になれたのだと思う。

8月

 8月は暑さもあって(クーラーも夜中しか使わなかった)、のんびりというかぐったりと過ごした記憶がある。その中でも、土光敏夫さんの言葉を取り上げた出町譲『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(文藝春秋)に、働くことや人の上に立つことについて考えさせられる。

9月

 偶然というか衝動的にというか、twitterでセール情報を見つけて、NECのLifeTouch Noteを買う。キーボードの付いたAndoroid端末。これが、結構使い出がある。

10月

 次々と出版されるなでしこジャパン関連の本から、何冊かを読む。日々野真理『凛と咲く なでしこジャパン30年目の歓喜と挑戦』(KKベストセラーズ)江橋 よしのり『世界一のあきらめない心 なでしこジャパン栄光への軌跡』(小学館)平田竹男『なでしこジャパンはなぜ世界一になれたのか?』(ポプラ社)と。別の視点を持ったジャーナリスト2人と、運営側の日本サッカー協会にも所属していた現大学教授と。いずれも興味深かった。

11月

 11/6「mugen〜第二夜〜」@下北沢440(堀下さゆり、諫山実生)。堀下さゆりさんの久々のライブを聴くことができた。実家の福島に帰省中に東日本大震災に遭い、その後故郷の復興のため、福島を拠点に活動していた堀下さんの、久々の東京でのライブ。

12月

 スティーブ・ジョブズを追悼する雑誌や本は読んでいないのだけれど(自伝も含めて)、雑誌『WIRED (ワイアード) VOL.2』(コンデナスト・ジャパン)はジョブズ特集だったこともあって読んだ。これは、特集も、その他の記事も含めた雑誌としても面白かった。
  年明けに参加して以降、参加することのなかった手帳オフ会にも、久々に参加できたことは良かった。


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