「木の葉燃朗のがらくた書斎」トップ>>小説>>2008.09.15

小説

2008.09.15 木の葉燃朗

 ポーン。

「ニヒャク、ゴジュウ、ヨン、バンの、カードをお持ちの方は、ナナ、バンの、窓口まで、お越しください」

 甲高いチャイムの音と、機械によるアナウンスの声に、反射的に手に持ったカードを見る。書かれた番号は「603」。まだまだ先だ。しかし、自分の番が来ないことには、不思議なことに苛立ちよりも安堵を感じる。
 あまりに大きく、白い待合室。もし自分の番が来たら、いったいどこへ行けばいいのか。見渡す限り、規則正しく並んだクリーム色の椅子しか見えない。かろうじて前は分かる。椅子が向いている方向が前なのだろう。だが、前に進んだとして、どこまで行けば窓口にたどり着けるのか。

 ポーン。

「ニヒャク、ゴジュウ、ゴ、バンの、カードをお持ちの方は、サン、バンの、窓口まで、お越しください」

 そもそも。ここはいったいどこなのだろうか。いったい私はどうして、なにを待って、こんなところにおとなしく座っているのだろうか。どこまでも広く、どこまでも白い待合室。

 ポーン。

「ニヒャク、ゴジュウ、ロク、バンの、カードをお持ちの方は、サンジュウ、ニ、バンの、窓口まで、お越しください」

 三十二番。これまで聞いた窓口の中で一番大きい番号だ。番号札の数も果てしないが、窓口の数もまた果てしない。
 しかし、他の人はどこにいるのか。目に見えるのはクリーム色の椅子ばかり。ただただ番号が読み上げられるばかりで、人が動く音も気配もない。みな、どこにいて、どこに進んでいるのか。

 ポーン。

「ニヒャク、ゴジュウ、ナナ、バンの、カードをお持ちの方は、ジュウ、バンの、窓口まで、お越しください」

 安堵が徐々に不安に変わる。大きな声で叫びだしたいような不安。そうすれば誰かがやって来るのではないか。人が狂うのは、案外こんな時なのかもしれない。

 ポーン。

「ニヒャク、ゴジュウ、ハチ、バンの、カードをお持ちの方は、ロク、バンの、窓口まで、お越しください」

 こちらの気持ちにはお構いなく、チャイムとアナウンスは続く。いつまでも、いつまでも。少なくとも、603を呼ぶまでは終わらないのだろう。

 ポーン。

「ニヒャク、ゴジュウ、キュウ、バンの、カードをお持ちの方は、ニジュウ、ニ、バンの、窓口まで、お越しください」

 ポーン。

「ニヒャク、ロクジュウ、バンの、カードをお持ちの方は、ナナ、バンの、窓口まで、お越しください」

 ポーン。

 ポーン。

 ポーン。


小説「人生」

2008.09.15 木の葉燃朗

「木の葉燃朗のがらくた書斎」トップ>>小説>>2008.09.15

inserted by FC2 system