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2002.8.10(土) 中央線沿線珍道中3 新宿周辺9キロの旅 の巻

 えー、なにが9キロなのかは最後まで読んでいただければわかるようになってお ります。
 唐突だが、俺には実はまだ足を踏み入れたことのない古本市というのがある。
 そのひとつが、「デパートで行われる古本市」である。デパートの催事場に、たくさ んの古本屋が出店し、古本市を行う。特に夏を中心に各地で行われている。
 このデパート古本市の熱気はすごいもので、初日に珍しい本を求めて戦う人々 の話は色々なところで語られている。唐沢商会『脳天気教養図鑑』(1998年,幻冬 舎文庫)というマンガでも紹介されている。誇張はあるだろうが、会場にいち早く着 くためにエレベーターの乗り方でもめるなどは事実らしい。どういうことかというと、 デパートの催事場はだいたい上の階にあるので、会場に向かうエレベーターにどう 乗るかが大きな問題になる。エレベーターは先に乗った人が奥に行くので、降りる 時は後に乗った人が先に降りられる。ということで、1階でエレベーターに乗る時に どの位置をキープするかで客同士がもめるのだ。いい大人がだよ。
 まあ、俺が行ったのは既に3日目。しかも開店1時間後だったので、そうした異様 な熱気はなかった。しかし、土曜日であり、年1回のイベントということもあり、人は 多かった。あ、今回訪れたのは新宿伊勢丹の大古本市です。

新宿伊勢丹大古本市レポート
 会場を見て思ったのは、いわゆる古本好きと、普段古本屋には行かないがこの イベントは楽しみにしている人、そしてたまたま立ち寄った人など、色々な人が集ま っているということ。デパートという場所ならではの特徴だろう。なにせ、レジで「な んでこの本は定価より高いの?」という質問をする人もいるくらいだからなあ。ちな みに、レジにいるのはデパートの従業員なので、返答に困っていた。別の従業員 の「それだけ貴重な本なんです」の一言で、質問をした人も納得したようだが。
 しかし、色々な人がいるゆえに困ることも。例えば親子連れの場合、まず間違い なく子どもは会場で騒ぎ、走り回る。まあ、仕方ないか。マンガは一部あるけれど、 児童書はほとんど置いていないので、子どもにとっちゃあ間違いなく飽きる場所 だ。それに小学生が、「こ、これは塔晶夫名義の『虚無への供物』の初版…」なん て言ってんのも怖いし※1

※1 『虚無への供物』は、中井英夫による推理小説。1964年の初版発行時(講談社刊)は、塔晶夫 のペンネームだった。当然、塔晶夫名義の初版は貴重である。なお、現在『虚無への供物』を読みた い方は講談社文庫か創元推理文庫でどうぞ。推理小説好きならきっと夢中になるでしょう。

 もうひとつ困ったのは、古書会館での古書市(前の日記で神保町や高円寺での 模様を書きましたが)と違って、荷物を預けずに自分で持ち歩くこと。自分のカバン を持ち歩くもの大変だし、他人のカバンががしがし当たると落ち着いて本を見てい られない。しかも、結構無神経にカバンをぶつけてくる人も多い。まあ、色々な人が いるから仕方ないけどねえ。
 そういったことがあるにせよ、やはり古本市。歩き回るだけで楽しいものだ。出店 している店のジャンルも多岐に渡っていて、当然並ぶ本もバラエティに富んでい る。普段はあまり足を踏み入れないジャンルの本も熱心に見てしまい、昭和30年 代から40年代にかけてのマンガ雑誌・児童雑誌や、美術・写真関係の本まで、「こ んなものもあるんだねえ」という感じで見入ってしまった。もちろん、それ以外の俺 が好きな推理小説、SF、演芸関係、ちょっと変わったノンフィクションも熱心に見る わけで、まあたっぷり3時間近く会場をうろうろしただろうか。そんな中から見つけ 出したのは、以下の本であった。
@横田順彌『人外秘境の秘密』(1991年,新潮文庫)
A横田順彌『奇想博覧会』(1988年,双葉社)
 SF作家であり・明治時代の研究者でもある横田順彌の小説。@は明治時代を 舞台に押川春浪らが活躍する冒険活劇。先日読書録で紹介した『火星人類の逆 襲』(1988年,新潮文庫)の続編ですな。Aは「ハチャハチャSF」と呼ばれる爆笑シ ョートショート。俺が横田ファンになったのは、このハチャハチャSFがきっかけであ った。
B都筑道夫『黒い招き猫』(1978年,角川文庫)
 推理小説を多く並べていた店の棚で、都筑道夫の文庫本が結構並んでいて、す べて購入すればかなりの本が揃ったところだが、残念ながらそこまでの予算がな かった。ということで、1冊を厳選して購入。怪談ショートショートです。
B筑摩書房『グリコのおまけ』(1992年,筑摩書房)
 グリコのおまけを写真で紹介するとともに、荒俣宏、サトウハチロー、天野祐吉、 所ジョージらの短文を乗せている。なんとなく雰囲気が気に入ったので購入。
C牧伸二『牧伸二のウクレレ人生』(1995年,みくに出版)
 最近よく購入する演芸関係の本。牧伸二といえば「あ〜ああやんなっちゃうな、あ 〜ああおどろいた」のウクレレ漫談でおなじみである。他の芸人の紹介を通じて、 若き日の自分と今の芸人についてつづる内容。
D中村国雄『おふろ漫筆』(1965年,三和図書)
 この本を買った自分を、珍しくほめたい。なんと言ってもタイトルがいい。ちなみに 『漫筆』というのは、まあ「おもしろエッセイ」程度に思ってください。おふろに関する エピソードを集めたものだ。収められた文章のタイトルだけでも紹介すると、「ふん どしまかり通る」「源平風呂合戦」「のぞき屋列伝」「銭湯教室」「トルコ風呂の本場 で」などなど※2。どうでしょう! こういうちょっと変な本は、好きだなあ。

※2 ちなみに、トルコ風呂ってのは、蒸し風呂のことです。日本ではかつてソープランドをトルコ風呂と 呼んでいたので、そっちを想像する人もいるかもしれませんので。でも、なんでトルコだったのかね。ち なみに改名は、1984年トルコ人留学生の方が当時の厚生大臣に直訴したことがきっかけ。ちょっとし た豆知識ですな。

E高橋巌,荒俣宏『神秘学オデッセイ』(1982年,平河出版社)
Fルイ・ポーウェル,ジャック・ヴェルジェ『神秘学大全』(1985年,サイマル出版会)
 あやしげですなあ。神秘学には明確な定義はないようだが、錬金術、魔術・超能 力、秘密結社、古代文明などなどの、オカルト全般を扱う。Eは、幻想文学などに も範囲を広げている。ちなみに、俺はあくまでつくりものとしてのこういう怪しげなも のに興味を持っているのであって、決して信じているわけではない。

 以上7冊を購入して、カバンが一気に重くなった。しかし、今日はまだ終わりでは ない。ここから荻窪・西荻窪をまわる強行軍を予定しているのだ。ということで、今 日は紀伊国屋書店も素通りし、JR新宿駅へ戻る。

荻窪古本屋探検記
 新宿からJR中央線で西に揺られ、荻窪へ到着。駅周辺に古本屋が点在し、北 口前にはブックオフもある。中央線沿線は、本当に古本屋が集まるよなあ。
 まずは南口の古本屋を巡ることにし、駅前の岩森書店へ。店頭の均一台で庄司 薫『さよなら怪盗黒頭巾』(1973年,中公文庫)を見つける。これを持って店内へ。 店の前には文庫や新書、小説やノンフィクションの単行本が並ぶ。しかし、奥のほ うには固めの人文・社会科学の本が並び、その他にもジャンルごとにまとまって本 が並ぶ。ひととおり棚を見て、レジに行こうとすると、なんとレジの左にもさらにスペ ースがあった。ここには文学を中心に、まとまった本が並んでいた。俺に手が出そ うなのは「本に関する本」くらいのものだが、それ以外の棚も眺めていると圧倒され るような気分にひたれる。この気分がなんとも言えずいい。店の棚全体からこだわ りが感じられた。だが、購入は均一台で見つけた『さよなら怪盗黒頭巾』にとどま る。
 岩森書店を出て、線路沿いに東に進むとささま書店が見えてくる。店内は広く、 文芸書から美術関係、社会・自然科学まで、各ジャンルが揃っている。文庫や新 書も入ってすぐの棚に並んでおり、厳選されている印象を受ける。それから、外の 100円均一台も面白い。文庫や新書に限らず、様々な本が並んでいる。なかなか 探しがいのある棚だった。ここでは下記の3冊を購入。
@西澤保彦『七回死んだ男』(1995年,講談社ノベルス)
A石森章太郎『世界まんがる記』(1984年,中公文庫)
B都筑道夫『髑髏島殺人事件』(1987年,光文社文庫)
 特にAは、1961年、まだ外貨も自由に使えず、海外旅行に行ける人間が限られ ていた時代の、マンガ家石森章太郎による70日間世界一周の記録である。これは 個人的には結構な収穫だった。
 ささま書店を出て、駅の方へ戻る。岩森書店のある角を曲がり、南口仲通りを進 む。しばらくすると左手に竹中書店が見えてくる。ここは渋くていいです。店の雰囲 気も、並んでいる本の雰囲気も。しかし、固めの本が多くて、正直言って俺にはち ょっと敷居が高く、購入はなし。それでもじっくりと棚を眺めてしまったが。
 竹中書店を出て更に少し進むと、今度は右手に古書銀河が見える。ここは新宿 伊勢丹の大古本市にも出店していましたな。店はそれほど大きくないが、それゆえ に並んでいる本に無駄がない。中でも和洋の推理小説・SF小説が印象に残った。 だがここでも購入はなし。
 古書銀河から再び駅へ向かって戻る。今回は、ささま書店でもらった「荻窪周辺 古本屋MAP」があるため、道にも迷わず快適だ。西荻窪といい荻窪といい、古本 屋さんが協力して地図をつくっている。初めて訪れる場合、これはありがたい。
 南口駅前に出て、今度は西に向かって歩く、住宅地に差し掛かるあたりで竹陽書 が見えてきた。ここは、これまでの本屋とは別の意味で独特の雰囲気がある。と にかく本が積まれている。本棚には、マンガや文庫の他、新興宗教や精神世界に 関する本なども並び、なかなか面白い。しかし、棚の前には雑誌などがうずたかく 詰まれ、横になってカニ歩きをしないと身動きが取れない。もちろん、人がすれ違う なんて不可能である。しかしそんな中、南伸坊『モンガイカンの美術館』(1997年, 朝日文庫)を購入。
 やれやれという感じで南口を回り終え、北口へ。青梅街道から一本商店街(教会 通り)へ入ったと頃にある新興書院へ。小さい店だが、いかにも商店街の古本屋と いった雰囲気がいい。並んでいる本も文庫・新書が中心。俺が店にいるうちにも、 何人かの人が文庫本を買っていった。地域に密着してるよなあ。しかし、俺は残念 ながら購入はなし。
 新興を出て、荻窪のブックオフに寄ってみる。ここは新刊書店と隣り合わせという 結構すごい立地だ。しかし、俺にとってこのブックオフはあんまり魅力がない。なに せ、入ってすぐにマンガのコーナーで立ち読み客がすごい上、その次がCDのコー ナーで、それからやっと書籍のコーナーである。まあ、マンガの立ち読みが多い と、人が多く入っているような印象を与える効果があるから、マンガコーナーを前に 持ってきているのかもしれないが、本のコーナーにたどり着くまでにいらいらしてし まう。
 それに、ブックオフで本を探すのは疲れる。今回、他の古本屋と比べてみて、そ の理由がなんとなくわかった気がする。
 古本屋は、程度の差はあれ売る本を選んでいる。専門性が高い店であってもそ うでなくても、限られたスペースで自分の店のこだわりを見せてくれる。俺が古本屋 を好きなのは、そうした「こだわりの詰まった本棚を見る楽しみ」が大きい。これ は、新刊書店であっても同じである。面白い本をこだわりを持って紹介している本 屋は、やっぱり見ていて面白い。
 これに対し、ブックオフはとにかく本ならなんでも並べときゃいいという感じなので ある。だから買う側は、あのなんとも並べ方の基準がはっきりしない本棚から、自 分の好きな本を見つけなければならない。これは大変だ。どこにどんな本が置いて あるのか解らないうえ、とにかく本が多いので、どうしても全部の本棚を見たくなっ てしまう。なぜなら自分が見なかった本棚にすごく欲しい本があるかもしれないと思 うと、気が気じゃないからだ。
 しかし、そうすると相当な体力を消費する。それで欲しい本が見つからなかったら 目も当てられない。ということで、ブックオフは100円均一棚だけを見ることにする。 そして、自分が見なかった棚にあった本には、「仕方ない、また会えるさ」くらいの 気持ちでいた方がいい。そんなこんなで、100円均一棚から以下の本を見つける。
 都筑道夫『骸骨』(1994年,徳間文庫)
 安部公房『砂の女』(1981年,新潮文庫)
 泡坂妻夫『ミステリーでも奇術でも』(1992年,文春文庫)
 山口瞳『私流頑固主義』(1979年,集英社文庫)
 ということで、荻窪はこれにて終了。リュック一杯に本が詰め込まれて、相当重く なっているが、それでも俺は西荻窪へ行くのだ。

西荻窪 〜 この幸せな時間
 荻窪から電車で一駅、西荻窪についてまずやったことは、駅前のコインロッカー にこれまで買った本を預けること。これで相当身が軽くなる。今日の西荻窪の目的 は、先月に引き続き杉並北尾堂が開催しているブックカフェを訪ねることであっ た。西荻窪に着いた時点で時間は午後7時を回っていたので、今回は時間と体力 の面から西荻窪の古本屋を回ることはあきらめ、ブックカフェへ。
 しかし、落ち着くなあ。店主の北尾トロさんとだけでなく、他のお客さんとも色々な 話をしてしまった。普通、古本屋では他のお客さんと話すなんてことはない。まずな い。しかし、古本屋でありかつカフェであるということ、それから店の雰囲気がのん びりしていることから、自然と色々な話がしたくなる。本は、横田順彌『探本記』 (1992年,本の雑誌社)筒井康隆『みだれ撃ち涜書ノート』(1979年,集英社)の2 冊を購入。結局、閉店近くまで店の中でのんびりとさせてもらった。帰り際、もう一 度並んでいる本棚を眺めると、雑誌『頓智』(1995年10月号〜1996年7月号,筑摩 書房)を発見。あまりに堂々と置かれていたので気がつかなかった。創刊号から最 終号までの全冊揃いとのこと。実は何冊かバラで買っているのだが、全冊そろいと あらばぜひ欲しい。これを持って帰るのは大変かもしれない、コインロッカーにも本 を入れてあるし…、という思いを押し切って、思い切って購入してしまった。いや あ、最後にもうひとつ収穫があったなあ。

 ということで、新宿をスタートにした今回の古本日記だったが、帰りが大変だっ た。肩には本の詰まったリュック、両手には本の詰まった袋をぶら下げ、それでも 山手線の車内で立ったまま本を読む俺。家につく頃にはへろへろでしたな。
 そして、家についてふと思いついてリュックと手提げ袋を体重計に乗せると、なん と9Kgあった。いやあ、なんというか、本日は体力勝負でありました。
 というわけで、新宿周辺9キロの旅はこれにて終了!




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