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木の葉燃朗のばちあたり読書録

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    こ


■著者別「こ」

こうざいきよ『財布の中身』 / 神津友好『笑伝林家三平』 / こうの 史代『夕凪の街 桜の国』 / 小菅圭子『カレーライスの誕生』 / 小沼 純一監修『あたらしい教科書 8 音楽』 / 小林賢太郎『小林賢太郎戯曲集』 / 小林信彦『天才伝説横山やすし』 / 小谷野敦『すばらしき愚民社会』 / 小谷野敦『軟弱者の言い分』 / 小山昇『カリスマ社長が教えるこの先稼げる人ずっとだめな人』 / 今柊二『ガンダム・モデル進化論』 / 近藤唯之『運命の一球』 / 近藤恵『ミニコミのつくり方』  / 好田タクト『世界一楽しいタクトのクラシック音楽館』 / 小坂俊史『中央モノローグ線』

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2004.5.29(土) アイデアは面白いんだけれどなあ
こうざいきよ『財布の中身』(2003年,ちくま文庫)
 他人の財布の中身の写真を撮り、その写真にコメントをつけた本。ちなみにプロ フィールによると、著者は2004年3月に京都造形美術大学を卒業予定。
 アイデアは面白いんだが、この本はいまいちだった。写真はぼやけた感じのもの が多いし(プライバシーを保護するためにわざとなのだろうか)、写真についたコメ ントも悪い意味で適当な印象を受けた。
 もちろん、他人の財布の中身を撮影するというアイデアを考えて、それを実行し た著者はすごいと思う。だからこそ、「やったもん勝ち」という感じで本にするのでは なく、もう少し時間をかけて欲しかったと思う。
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2005.4.11(月) 笑って泣いて、改めて三平師匠が好きになる本
・神津友好『笑伝 林家三平』(2005年,新潮文庫)
 故・三代目林家三平師匠の伝記。
 想像していた内容とは違っていたが、非常に面白かった。
 想像していたのは、「三平師匠にまつわる爆笑エピソードの数々を紹介!」というような本だった。しかし、そうではなかった。昭和二十年、軍隊から復員した二十歳の青年海老名泰一郎が、父の七代目林家正蔵師匠に弟子入りし、噺家として修行を積んでいく様子を、当時の世相、同時代の噺家の紹介を含めて、丁寧に描いた伝記である。

 初代柳家権太楼師匠が前座時代の三平師匠宛に書いた色紙の言葉が、印象に残る。
「笑わせる腕になるまで泣かされた/ものさとわが師われに語りし」(p.54)

 この本を読むと、三平師匠の生涯もその言葉のとおりである。人気者になるまでは、家族と もども非常に苦労しているのが分かる。また人気者になったら、今度はネタづくりに苦労したり、古典落語をやらねばならないと思いながら、お客さんに人気のある小噺をやり、マンネリと思われているんじゃないかと焦ったり、決して明るく楽しいばかりではない。
 それでも、香葉子夫人と支えあいながら、芸を磨く様子を読むと、ユーモラスな部分もありながら、感動する。没後もずっと記憶・記録に残る噺家には、やっぱりそれ相当の苦労と、努力と、経験があるのだなあと思った。

 一方で、三平師匠が旧制中学の頃、「作家になるか、文芸評論家にでもなりたいと思っていた」(p.32)とか、昭和23年、前座の頃に三木のり平と偶然出会い、一時三木鶏郎グループの公演に出演したとか、色々と意外な話も読める。

 それから、噺家・芸人には、舞台と私生活の雰囲気が違う人が多いという話を読むこともあるが、三平師匠は、高座やテレビで見せる姿のままだったのではないかと想像される。
 例えば、著者による「あとがき」の中の、香葉子夫人が語るエピソードを読むと、それを感じる。
「『毎朝、帰りになにかしら買ってきましたよ、ジョギングのついでに。あの人は町の中を走っていて、声をかけられると素通りできない人だったんですよ』と香葉子夫人が言う」(p.291)

 噺家としてはもちろん、人間としての三平師匠の魅力を再認識した。

 三平師匠の記念館、「ねぎし三平堂」にも、是非行ってみたい。
【参考】 ねぎし三平堂 http://www.sanpeido.com/f01_goannai.htm
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2007-07-19(木)大きな声でなくても、しっかりと伝わること

こうの 史代『夕凪の街 桜の国』(2004年,双葉社) bk1Amazon.co.jp楽天ブックス@TOWER.JP 

 広島に落とされた原子爆弾をテーマに、1955年、1987年、2004年を舞台にした短編集。
 「夕凪の街」では、1955年の広島を生きる女性、平野皆実が主人公。「桜の国」では、皆実の姪にあたる石川七波の小学生時代、成人した後が描かれる。

 登場する人物は、原爆の被害を受けた、またはそうした人とつながりがある人たち。といっても、みな特別な存在というよりも、どこにでもいる普通の人たちとして描かれる。原子爆弾の被害を思わせる残酷なシーン(例えば中沢啓治 『はだしのゲン』のような)はほとんどなく、一見平凡な生活が描かれ、淡々とした静かな物語である。

 しかし、だからこそ、戦争当時に普通の人たちが原爆の被害を受けた(もっとはっきり書けば、原子爆弾のせいで亡くなった)という、事実として知っているはずのことが、重く感じられる。この作品には、大きな声では「戦争反対」、「原爆を投下したことは悪である」とは書いていない。しかし、日本が受けた被害、そしてどんな国も同じことを二度と行うべきではないということを、強く感じる。
 そしてそのような状況でも、懸命に生きようとする登場人物たちを、愛しく思う。

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2002年7月9日(火)燃朗のばちあたり読書録(1)フリートークにて
岡田哲『とんかつの誕生 明治洋食事始め』(2000年・講談社選書メチエ)
小菅圭子『カレーライスの誕生』(2002年・講談社選書メチエ)
「いやあ、読んでいるとおなかが減ってしかたがなくなる本です。特に『カレーライス の誕生』を読んでいたときは、カレーばっかり食べてたなあ」
「ふうん。で、どういう内容なの?」
「今、日本で食べられている洋食って、外国に元々ある西洋料理と比べても、微妙 に違うんだよ。うまく日本流にアレンジされたり、和洋折衷で新しい料理になってい たりする。そういう洋食がいかにして生まれたかを紹介している。まあ、タイトルど おりだと思ってもらって間違いない」
「たしかに、明治時代になるまでは、魚以外の動物はおおっぴらには食べなかった っていうしねえ。今普通に食べている洋食はほとんどなかったわけだ」
「そうそう。肉食がいかに広まったか、というところから2冊の本とも始まってる。『カ レーライス』の方は、そこから日本のカレーの歴史を紹介している。で、『とんかつ』 の方は、実際は近代日本の食文化について、比較的ページがとられている。あん まり日本史の知識がなくても、読みやすいぞ」
「なるほど。なぜそば屋のメニューにカツ丼やカレーライスがあるのかなんて、興味 深い話だねえ。だいたい、とんかつなんて日本に昔っからあるように思えるけれ ど、あれももともとは西洋料理だもんなあ」
「料理から見た日本近代史として読むと、とにかく楽しいですぞ」
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とんかつの誕生 / カレーライスの誕生

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2007.01.05(金)いい意味で、まさに20世紀の音楽の教科書
オンライン書店ビーケーワン:音楽・小沼 純一監修『あたらしい教科書 8 音楽』(2006.9,プチグラパブリッシング)
 ジャンルに関わらず、20世紀の音楽という観点で音楽家たちを紹介する本。

 小沼氏によるイントロダクション「音楽の旅へ」に、次のように書かれている。

「なかには、どうしてこんなに固有名詞ばかりなんだ、固有名詞なんか知らなくてもいいじゃないか、という考え方もあるでしょう。確かにそうです。(中略)でも、固有名詞があると便利なのも確かです。ほら、あの、ギターを弾いていた……と細部を積み重ねていくのと、ひとつの固有名詞がぽん、と出るのでは労力が違います」(p.4)。「名前はただそれだけで完結するのではなく、前後左右様々に別の名や事項と結びつき、ネットワークを作り出すから面白いし、立体的に物事が捉えやすくもなるのです」(pp.4-5)。

 この部分が、この本の魅力を端的に表している。少なくとも私は、この本を読んで、それまでぼんやりとしか分かっていなかったり、あいまいに理解していた音楽家や音楽用語について、随分はっきりと知ることができた。特に、ラグタイムとか、スカとロックステディとレゲエの違いとか、グランジとか、音楽のジャンルについての理解は進んだ。本文の上下に、重要な単語の註が掲載されているので、本文を読み進めるタイミングで単語の意味を知ることができる。

 また、ジャンルの偏りなく様々な音楽家が紹介されているのも、概要を知ることができてありがたかった。例えば1940年代・1950年代では「ジョン・ケージ」、「ジャンゴ・ラインハルト」、「エディット・ピアフ」、「フランク・シナトラ」と名前が並び、1960年代・1970年代の項目では「ビートルズ」、「ボブ・マーリィ」、「ブライアン・イーノ」、「ヘルベルト・フォン・カラヤン」と並ぶ。この構成は、ジャンルごとの音楽の本ではなかなかお目にかかれない。

 もちろん、あまり大きな本ではないので、物足りなさも感じる。また、索引が欲しかったという思いはある。ただそれは、各自ジャンルごと、ミュージシャンごとの本を読んでいけばいいのだと思う。自分が興味を惹かれる分野を見つけることができる、という意味でも、教科書(入門書)としての役割を果たしていると思う。

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2003年4月18日(金) 笑いましょう。この1冊で笑いましょう。
小林賢太郎戯曲集―home FLAT news 小林賢太郎『小林賢太郎戯曲集』(2002年,幻冬舎)(文庫版の紹介ページ:Amazon.co.jpbk1
 小林賢太郎(1952-1977)。1972年、20歳の若さで劇団「暁探偵団」を旗揚げ。不条理で不可思議な戯曲・演出には演劇界から賛否両論が巻き起こったが、当時の一部の若者から熱狂的に支持され、1980年代の小劇場ブーム・演劇第三世代の原点とも言われている。しかし、自身の影響を見る前に、25歳の若さで亡くなる。未だにカルト的人気を持つ劇作家、演出家。

 …えー、ここまでの紹介は、全部嘘です。小林賢太郎というのは、コントコンビ「ラーメンズ」のひとり。もちろん現役で活躍している(1973年生まれ)。そしてこの本はラーメンズのコント集。
 いやあ、俺好きなんだよ、この人たちのコント。勢いだけではなく、きちんと計算し、組み立てたコントをやるところが好き。舞台や人物の設定がしっかりしているので、ラーメンズのコントを見たことがなくても、このコント集を読むと面白さが伝わってくる。設定自体がすでに変で面白い。歌いながら長縄を回す部活動の部員とか、自分の持っている本をいかに面白く紹介するかを対決する2人とか、考えていることがそのまま通じてしまう世界に迷い込んだ人間とか。もちろん、そうした変わった設定だけでなく、漫画家と編集者、占い師と酔っ払ったサラリーマン、コンサートを見に行こうとするファンなど、普通の設定のコントもある。
 しかし、どんな設定・人物であっても、そこでは独特の世界が繰り広げられる。理屈抜きではなく、理詰めで面白い。
 なお、ラーメンズのコントをひとつでも見たことのある人は、更に楽しめるだろう。ラーメンズのもうひとりのメンバー、片桐仁の強烈な個性を知っていると、面白さが倍増するからだ。

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2002年8月6日(火)
小林信彦『天才伝説 横山やすし』(2001年,文春文庫)
 1970年代後半、東京に生まれた俺にとって、横山やすし・西川きよし(やす・き よ)の漫才は、おもしろいものという印象が強い。しかしこれは、まさに「天才伝説」 としての姿だったのだろう。やす・きよの漫才は、すべてテレビ、ラジオを通して見 聞きした。その中には過去の録音・録画も相当数あったはずだ。それらの記録で は、面白くない漫才は放送されず、結果として質の高いネタが繰り返し放送され る。そのため「天才伝説」というものが強く印象付けられる。特に横山の死後はそ の傾向が強いのではないか。
 一方で、横山やすしの起こした「問題・事件」もテレビ・ラジオで見聞きした。ニュ ースとして流されるものもあれば、他の芸能人が面白おかしく語る噂もあった。
 そうした間接的な情報に触れてきたことはあったが、いわゆる評伝の類を読んだ のはこの本が初めてだった。ここで描かれる横山やすしも、小林信彦という作家の 目を通しての姿である。しかし、これは比較的客観的な姿だと思う。それは小林が 横山の評伝を書くために取材をしたわけではなかったからである。小林信彦原作 の映画『唐獅子株式会社』の主役に、横山が抜擢されたことから、二人の縁が始 まる。そのような記録だから、客観性を感じるのである。
 読んでみると、横山のネガティブな面も相当書かれている。しかし、それだけに単 に「漫才の天才」という言葉でくくれない横山の魅力も感じる。「そばにいたら嫌だ けれども、傍から見ていると興味深い人」だったのではないか。これが、テレビ・ラ ジオを通じて傍からしか横山を見ることができなかった俺の正直な感想である。
 まあ、あまり難しいことを考えなくても、かつてこのような破天荒な漫才師がいたと いう記録として読むだけでも面白いのではないか、とも思う。(敬称略)
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小谷野敦『すばらしき愚民社会』(2004年,新潮社) Amazon.co.jpオンライン書店bk1

序 大衆論とその後
第1章 バカが意見を言う世の中
第2章 遺伝と階級
第3章 日本の中間階層文化
第4章 「近世」を忘れた日本知識人
第5章 「説得力ある説明」を疑え!―カール・ポパー復興
第6章 他人を嘲笑したがる者たち
第7章 若者とフェミに媚びる文化人
第8章 マスメディアにおける性と暴力
第9章 アカデミズムとジャーナリズム
第10章 「禁煙ファシズム」を斬る

 第1章で、1990年代末の「『大衆社会』状況」の問題点を挙げている。「大学生の甚だしい学力低下」、「インターネット上での、(中略)知力とともにその『分際』を弁えない若本たちの公徳心や道義の欠如」、「携帯電話の恐るべき普及」、「この種の若者たちに媚びる文化人たち」の四点。これらのテーマについて論じていく。
 多くの人に肯定されている(または否定されていない)が、実は間違っていることについて、嫌われることを恐れずに書いている。それを疑うべき部分ももちろんあるが、蒙を啓かれる部分も多い。例えば第6章は、「2ちゃんねる」が「罪」ばかりでほとんど「功」がなく、にもかかわらずマスコミ、活字・映像メディアが「2ちゃんねる」を批判しないのか、について考えている。エセ心理学を批判する第5章も、私が思っていることを代弁してもらったような気持ちになる。

 ただし第10章は、小谷野氏が「禁煙ファシズム」と呼ぶ過剰な嫌煙運動に対抗するために書いている。あらかじめ嫌煙派がどういうことを言っているかを知った上で読まないと、小谷野氏が冷静さを欠く文章を書いているように思うかもしれない。

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小谷野敦『軟弱者の言い分』(2001年,晶文社) Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス

 エッセイ集。色々な媒体に書いたものをまとめている。共通したテーマとして、丈夫な人に対する軟弱者からの発言、という点がある。

 小谷野氏は極端な表現・意見を言うという印象を持っている。なんとなく変、または明らかに変なのだが、みんな言わないでいることをはっきりと言う。もちろん、意図的なものもあるとは思うが。だから、やや距離を置きつつ、それでも面白く読んでいる。こういう物言いをする人は、必要だと思う。

 例えば、いじめについて、こんな風に書いている。「いじめられっ子にも問題がある、という考え方は、ほとんど、西洋列強によるアジアの植民地支配を正当化する議論と同じで、『いじめ』は純然たる『悪』なのである。そしてその悪の根源は、いじめっ子の親にある、と断言しよう」(p.138)。このように、表現がやや極端な場合があるが、内容はまっとうだ。それから、上からではなく下からものを言っている様子にも好感が持てる。

 文芸時評が載っているのだが、連載当時の文章とともに、なぜその本を選んだか、読んだけれど選ばなかった本は何かも併せて書き下ろしている。場合によるとそっちの「裏話」の方が面白い場合もある。

 それから、小谷野氏のこだわりも面白い。うまい例が挙げられないのだが、例えば女性の容姿へのこだわりぶりは面白かった。「男好きのする女とは?」(pp.174-183)は面白かったし、女優だけでなく、作家や大学教授についても、「美人だ」、「可愛い」と書いている。もちろん、その根拠もきちんと書いている。こういうこだわりは好き。

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3月25日(木) サラリーマンならなんらかの意味で得るところがあるだろう1冊
小山昇『カリスマ社長が教えるこの先稼げる人ずっとだめな人』(2003年,青 春出版社)
 タイトルから想像がつくように、ビジネス書です。書名といい、出版社といい、どこ となく胡散臭く感じる人もいるかもしれません。
 俺も、著者について予備知識がなかったら、そう思っていたかもしれない。でも、 著者がweb上で連載しているコラムを読んでいる俺としては、信用できると思って 買い、読みました。そして、なかなか勉強になる本だった。
 今の世の中で、いかに仕事で稼いで、なおかつ仕事に喜びを見出すか、という、 非常にまっとうなテーマについて考えた本。
 ただ、その方法はちょっと常識とは違う。その方法が将来も通用するかはわから ないが、それはどんな方法でも同じ。著者の経営する(株)武蔵野は、2000年に日 本経営品質賞を受賞するなどの実績も残しているわけで、学ぶべきところはあると 思う。
 内容は、次の6章。
1.これから”必ず伸びる人”の共通点
2.”時代が求める仕事”ができる発想法
3.”このコミュニケーション”で結果は大きく変わる
4.「今の人材」を生かす組織 だめな組織
5.身近にある、すぐに役立つ勉強法
6.”この先稼げる人”になる9つの習慣
 中でも特に興味深かったところを取り上げると、次のような部分が挙げられる。

・忙しい人ほど時間を生むタイムマネジメント術(pp.26-29)
「仕事量は増えるばかりなのに人手を減らされ、とてもではないが時間がないと言 い訳をする人が、あなたのまわりにもいると思います。こういう人は、たいてい仕事 に時間を割り振っているのです」(p.26)。「私の発想は、まったく逆です。時間に仕 事を割り振っていくのです」(p.26)。「そうすると、一つずつの仕事にそれぞれ自動 的に締め切りが生まれてきます」(p.27)。「どうすれば短い時間の中で効率を上げ られるようになるのでしょうか。簡単な方法があります。それは危機意識を持つこと です」(p.27)。

・オフィスにこだわらない一円の活用法(pp.51-54)
「『仕事は会社でやる』、その当たり前と思っていることすら変えるという発想が、自 分の仕事を快適に、楽しくするのです」(p.54)。著者は、PDAと携帯電話、ネットカ フェ、ボイスメールなどをかなり前から活用していたようである。

・報告はちゃんと”口”で聞く(pp.97-101)
「自分で現場の様子を細かく聞き出し、それに対する矛盾を追及する。しだいに現 場の問題点が明らかになるのです。これが報告を口で聞くということです」(p.99)

 この本を読むと、(株)武蔵野で働くのは大変だと思う。しかし、大変だけれど面白 いんじゃないかなあ。
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2005.3.31(木) 一度でもプラモデルに夢中になった経験がある人なら、うずうずしてくる本
今柊二『ガンダム・モデル進化論』(2005年,祥伝社新書)
 プラモデルを中心として、ガンダムの歴史を紹介する本。同時に、日本のプラモ デル、特にキャラクターモデルの概史にもなっている。また模型になったテレビ番 組やキャラクターなどにも触れられているので、プラモデルを中心としたサブカルチ ャー史としての面もある。

 ガンダムのプラモデルが20年以上人気を保っている理由が、「らせん的進化」に あるという著者の主張が、興味深い。この「らせん的進化」とは、「同じ機種を各時 代の技術革新に応じてリファインする」(p.176)ことを意味する。
 つまり、プラモデルも時代が進むにつれ、より色々な動きが取れるようになり、か つアニメーションの設定に近い造形ができるように、技術が進歩する。その技術 で、新しいガンダムシリーズのキャラクターをプラモデル化したり、過去発売された プラモデルをより精巧な形で復刻したりする。これが「らせん的進化」である。
 しかも、新しいシリーズの中には、過去のシリーズのキャラクターが進化したとい う設定のものもある。そのキャラクターをプラモデル化することで、直接の復刻でな くとも、技術の進歩を見せることが出来る。

 商品展開のために、非常にうまくできたシステムがあるのだと思った。

 ただ、こうしたことは読んだ後に考えたことであり、読んでいる最中は著者の熱っ ぽい語りにひたすら惹きこまれた。本当にガンダムが好きな人が、その魅力を意 気込んで紹介している。それを読むのが楽しかった。
 読んでいるとプラモデル、特にガンダムのプラモデルが作りたくなる。今度の休み に買ってこようかなあ。

 目次は、次のとおりです。

 はじめに 一九八一年と二〇〇四年のボール
・序章 ガンプラ前史(一九七〇年代まで)
・第一章 ガンダム登場前夜
・第二章 ガンダム登場(一九七九年〜一九八〇年代前半)
・第三章 ガンダムの進化と深化(一九八〇年代後半〜一九八八年)
・第四章 ハイクオリティの時代へ(一九八九年〜一九九九年)
・第五章 二十一世紀を超えて(二〇〇〇年〜)
 終わりに 改造の楽しさ再び!

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2003年10月30日(木) 日本シリーズの余韻に浸りながらこの2冊(の1冊)
近藤唯之『運命の一球』(2003年,新潮文庫)
 あまり野球の話はしない俺だが、野球を扱ったノンフィクションは好きである。陳 腐な表現かもしれないが、野球をはじめとするスポーツには一瞬のドラマがある。 それだけドラマチックな出来事が、現実に起きたことだというのがたまらなく好き だ。
 この本も、プロ野球のさまざまな一瞬を描いたノンフィクション。登場する中には 成功者・勝者もいる。また敗れた者もいる。しかし、著者の勝ち続ける者も負け続 ける者もいない、という視点が独特で魅力的である。敗者にも救われるエピソード があり、勝者にも悲しい思い出や後日談が隠れている場合もある。そうした話を丁 寧に紹介している。
 例えば田淵幸一氏のエピソードなど、興味深い。阪神タイガース入団2年目に受 けた頭部へのデッドボールとそこからの復活、そして突然の西武ライオンズへのト レード、そして2002年、コーチとしての阪神タイガースへの復帰。これらのできごと の間には、やはり深いドラマがあるのだと、俺は読みながら思った。
 また、永淵洋三氏(近鉄:水島新司氏の漫画『あぶさん』のモデル)、池田祥浩氏 (阪神)など、初めて名前を知る選手もいて、久々に野球を見たくなった。最近、テ レビの中継もあまり見ていなかったので。今年の日本シリーズに比較的注目した のは、この本を読んだことも理由のひとつだった。
 また、野球の面白い部分(いわゆる「珍プレー」)にばかり注目する一部のマスコ ミに苦言を呈しているのも興味深かった。例えば、中日・ロッテで活躍した宇野勝と いう選手がいる。宇野という名前を聞くと、おでこにボールをぶつけた珍プレーを思 い出す人も多いと思うが、実際は遊撃手という守備に負担のかかるポジションで本 塁打王になったという実績を持っている、立派な選手なのである。こうした事例を 挙げる部分に、著者の野球への考え方が強く出ている。
 ただ、話がいきなり横道にそれること、それからエピソードの意外性を少し強調し すぎることはちょっと気になった。本の内容にのめりこめば気にならないが、この点 は読者を選ぶかもしれない。
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2003年9月6日(土) ミニコミを知る!
ミニコミのつくり方―あなたにしか作れない“最小&最強のメディア”の楽しみ方 近藤恵『ミニコミのつくり方 あなたにしか作れない“最小&最強のメディア”の楽しみ方 』(1997年,情報センター出版局)Amazon.co.jpオンライン書店bk1楽天ブックス
 名前のとおり、ミニコミの作り方を丁寧に紹介した本。「ミニコミをつくってみたい」と思う人には、予算と技術と手間に応じてそれなりのものを作れるだけのノウハウが書かれている。紙1枚のフリーペーパーやコピー本から、印刷所で作成し、書店にも並ぶような本格的なミニコミまで、情熱さえあればつくることができることがよくわかる。また、著者が中学生の頃から徐々にミニコミ作りのレベルを上げていく過程を読むだけでも楽しい。著者の個人史が、見事にミニコミと関連しているのが面白かった。
 俺はこの本に影響を受けて、フリーペーパーをつくったんですねえ。

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2009年08月23日(日) 笑いと感動とクラシックへの愛情

好田タクト『世界一楽しいタクトのクラシック音楽館』(実業之日本社) オンライン書店bk1amazon.co.jp

 著者の好田タクトさんは、クラシック音楽の指揮者の形態模写をする芸人さん。そのタクトさんが抱いている「難しくて近寄り難いと思われているクラシックの世界と市井の人たちとの橋渡しをしたい」(p.2)という思いを元に、クラシックの魅力を紹介する本。

 おそらく、登場する作曲家や楽曲について詳しく知らなくても、面白く読めるだろう。なぜなら、作曲家や楽曲にまつわるエピソードが中心になっているから。ドヴォルザークが鉄道マニアだったとか、マーラーはもてなかったから素晴らしい作品を残したのではないかとか、音楽の教科書ではまず出てこない話の数々。しかし、こうしたエピソードを読むと、名前しか知らない作曲家が身近に感じてくるのではないか。

 また、タクトさん自身が経験した出来事も紹介されている。これが、自ら大道芸を披露して世界を旅していた間に、色々な場所に足を運び、自分の目で見て耳で聴いている。そうして出会えた物事・人なので、読んでいると非常に印象に残る。
 例えば、スウェーデンからフィンランドへ向かう船の中で、相部屋になった男性とシベリウスの曲をきっかけに知り合い、フィンランド人がいかにシベリウスを愛しているかを知った話。ドイツでセルジュ・チェリビダッケの最後の演奏会を聴いた時の様子。大道芸の旅の途中、モチベーションを失った中で聴いたプラハの路上の歌姫。などなど。いずれも、著者自身が偶然出会ったからこそ、その時著者が感じたであろう気持ちが伝わってくる。

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2010年01月03日(日):中央線沿線の青春群像劇

中央モノローグ線 (バンブー・コミックス)小坂俊史『中央モノローグ線』(竹書房)オンライン書店bk1

 JR中央線の沿線にある街を舞台にした四コママンガ。中野から武蔵境までに住む、10代から30代の女性を主人公に、それぞれの街の特徴を折り込んだ物語になっている。
 あとがきによると、著者は連載していた頃も含めて10年以上中野在住だったそうで、街の雰囲気が良く出ている。表紙の商店街のスケッチも、行ったことのある人なら「本物と同じだ」と思える風景。
 そして、そこに暮らす・働く女性たちも、街のイメージを象徴している。高円寺のマドカは古着屋の店主だし、西荻窪の茜は劇団員。中央線沿線のあちこちで暮らして、シングルマザーになった圭が落ち着くのが荻窪というのも、なんとなくらしい。
 マンガはほのぼのとしたコメディで、絵も柔らかい感じ(ただ、いわゆる「萌え絵」とは違う、伝統的な四コマ用デフォルメとでも呼ぶべき絵)なので、多くの人が楽しめる内容。一方で、個々の四コマだけでなく作品全体でも大きな物語になっていて、ページが進むにつれて時間が経過していく。ラストは、中央線の特徴のひとつがよく現れていると思う。ある人にはずっと住み続ける街だし、ある人にはいつか出て行く街。それでも、「わたしの街が/いちばんいいや」(p.114)という、それぞれにとって魅力のある自分の街。
 こうした物語の題材になる、中央線沿線の街(特に中野から吉祥寺までのあたり)の魅力も改めて感じる。これだけそれぞれが独特の雰囲気を持った街が真っすぐ伸びた線路に沿って並んでいるというのがね。

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