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木の葉燃朗の読書録

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ジョージ・ベッグ著・岡山 徹訳・中俣 真知子訳・池谷 律代訳『バート・マンロー スピードの神に恋した男』 / べつやく れい『ひとみしり道』 / ペレ『ワールドカップ殺人事件』

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2007-05-31(木) はちゃめちゃだけれど、めちゃめちゃかっこいいバイク乗りの生涯
バート・マンロー スピードの神に恋した男ジョージ・ベッグ著・岡山 徹訳・中俣 真知子訳・池谷 律代訳『バート・マンロー スピードの神に恋した男』(2007年1月,ランダムハウス講談社)Amazon.co.jpbk1

  バート・マンロー(Burt Munro,1899-1978)は、ニュージーランドのバイクレーサー。「1920年型インディアン・スカウト」と呼ばれるバイクをチューン・アップし続け、ニュージーランド国内、そして「最速記録への挑戦の聖地」(p.130)として知られるアメリカのボンヌヴィル塩平原で次々と最速記録を達成した。

 と書いてしまうと簡単なのだが、この本を読んで更に詳しいことを知ると、バートはものすごい人だったということが分かる。
 バートがボンヌヴィル塩平原で行われるレースに参加するため、ニュージーランドから船でアメリカへ、アメリカ国内では自ら車を運転して旅をしたのは、1962年(当時彼は63歳)。そしてマシンは1920年型インディアン・スカウトに改造を重ねたマシン。このチャレンジ精神だけでもすごいのだが、もっとすごいことに、この時時速288kmという記録を出したのである。さらに。その翌年以降もボンヌヴィル塩平原のレースに挑戦し、1967年には、排気量を上げたクラスのレースで時速295kmの記録を達成する。バイクに詳しくない私も、この情熱と行動力には圧倒される。

 読んでいると、バートが時に「はちゃめちゃ」に感じる部分もある。例えばレースに出場するための旅の途中、顔と住んでいる通りは聞いていたが、住所も名前も知らない知り合いの家を探すため、夜中に通りでバイクの「エンジンをかけると、数回排気音を騒々しく鳴らした」(p.70)とか、まだ家族と暮らしていた頃、旅行に行くため、バイクの後ろにトレーラーをつけて子どもを乗せたが、途中でバイクのスピードが上がりすぎて、子どもたち「4人全員が砂利道に投げ出された」(p.33)とか、色々なエピソードがある。他にも、彼がマシンの改造に集中し始めてから住んでいた作業場が、住居に使うには違法ということで、住んでいた市議会議員が改築の必要性を説いた話も笑ってしまう。「そう言われると、バートは小屋の上に家を建てるつもりだと説明し、その後20年以上も、紙に何本か線を引き、小屋に釘を打ち、それで改築に取りかかっていると言い張ってはぐらかし続けた」(p.115)らしい。

 しかし彼の、並でない、突き抜けた情熱は、人々から愛され、幸運や味方を引き寄せたようだ。
 例えばバートは、1948年、妻が愛想を尽かして出て行き、娘が結婚したことで、それまで続けていた仕事を辞め、農場を維持しながらバイクの改造とレースに打ち込んでいく。その中で、彼が住む町の工場を使わせてもらったり、時にはガソリンを分けてもらったり昼食に席に加わったりもしたようだ。しかしバートはそうした時に、彼のレースの様子、旅の様子、他のレーサーの様子を話すことで、「バートの物語を共有することに比べれば、多少のガソリンの代価などたいしたものではない」(p.84)と思わせる魅力があったという。
 そしてもうひとつ、バートがバイクの事故で亡くなったり、レースを続けることが出来ないほどの大怪我を負ったりすることなく、晩年までバイクの改造とレースに打ち込むことが出来たということにも、運命的なものを感じる。この本には、「もっとも、バートのように長年の経験から反射神経を養った者だけが、無防備のまま高速で飛ばすという冒険に挑み、生きながらえたのだろう」(p.219)とある。それももちろんだと思うが、この本の副題にある「スピードの神に恋した」バートは、スピードの神に愛された人間だったのかもしれない、とも思った。

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2008-07-09(水) ひとみしりでもだいじょうぶだ!

べつやく れい『ひとみしり道』(メディアファクトリー) オンライン書店bk1楽天ブックスAmazon.co.jp

 ひとみしりであるイラストレーター、べつやくれいさんが、ひとみしりについて考えたり、これまでのひとみしり歴を思い出したり、話し方教室の体験講座やフリーマーケットに参加したりするエッセイマンガ。

 私も人見知りなので、色々「そうだよねえ」と思う部分がある。特に「ひとみしりはネギしょってやってこない」(pp.49-55)での、ひとみしりはだまされにくいというメリットは、よく分かる。ただでさえ打ち解けるのに時間がかかるので、いきなり話しかけられたときの警戒心が非常に強い。突然話しかけられたり、親しくしようとしてくることがもう怖いのである。

 それから、べつやくさんの話を読んでいて思うのは、ひとみしりと他の性格は共存する、ということ。ひとみしりだからっておとなしいわけではなく(「『おとなしい』と『ひとみしり』pp.41-47」)、ひとみしりだからってまわりに流されるわけでもない。べつやくさんは、結構変な挑戦や取材(スターバックスコーヒーの店員のコスプレをしてドトールコーヒーに入ったり)もしているし、この本でもアフロヘアのカツラをかぶって写真に写ったりしている。ひとみしりだけれど、度胸はあるのだと思う。そして立派に仕事をしているのである。
 むしろ、誰かと一緒でないと(群れていないと)行動できない人も、ひとりでもなんとかやっていけるひとみしりの方がいいんじゃないかなーと、ひとみしりである私なんかは思う。

 ちょっと真面目に考察してしまったが、難しいことを考えなくても、楽しめる本です。話し方教室で、体験講座の最後に勧誘された時に、講座の内容に基づいて「大変ためになりましたが、今回は結構です!」(p.40)ときっぱり答え、「早くも今日の成果を発揮するが、結果的に恩を仇で返した形に」(p.40)なったり、「今ではちゃんと嫌なものを拒絶できるようになりました」(p.95)ということを表す例が「ダンボールは食べません」(p.95)だったり。それから、声が裏返ることを「ソれは2ヒャく円です……」(p.70)と表記しているのが秀逸だと思いました。

 あと、べつやくさん字うまいなー。内容と関係ないし、いまさらかよという感想ですが。でも、べつやくさんの字のフォントが出たらそこそこ売れるのではないか。フォントの名前は「VETSUYAQ」で(なぜなのかは22ページのおまけコラム参照)。

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2002年6月15日(土)ワールドカップ記念!
ペレ『ワールドカップ殺人事件』(創元推理文庫)を語る(フリートークにて)
(略)「うまい具合にサッカーの話題に乗ったところで、今日はペレ著『ワールドカッ プ殺人事件』(創元推理文庫)の紹介ですね」
「ええ。この本、俺が初めて見たのは1998年フランスワールドカップ開幕直前でし た。そのときは購入しなかったのですが、今回無性に読みたくなり、いくつかの本 屋を探して、ようやく手に入れたというわけです」
「奥付を見ると、1998年に再販がされていて、初版は…、うわ、1990年だ」
「そう、俺もこれには驚いた。というのも、舞台がワールドカップ開催時のアメリカな のよ。だから1994年前後の本だと思ってたんだけど、それより更に前だった」
「でも、元々はいつ出版されているの?」
「巻末に付いている加藤久の解説にはそういう大切なことはなにも書いていないん だけど、扉を見ると1988年にアメリカで出版されているらしい。だから微妙に変な のよ」
「例えば?」
「舞台はアメリカ開催のワールドカップで、アメリカが決勝まで行くんだ。これはまあ いい。でも、決勝の相手が東ドイツ。しかも、準決勝の対ブルガリア戦でアメリカは ソ連の審判の不公平なジャッジで苦戦する」
「はあ、東西冷戦の頃を思い出させますな。まさか1990年に東西ドイツが統一さ れるなんて、ペレにも想像できなかったんだろうね」
「その辺はまだいい。でも、決勝でのアメリカのフォーメーションは4−2−4。東ドイ ツは3−2−5」
「いつの時代ですか?」(※注)
※注 「フォーメーションが3−2−5」というのは、「ディフェンダー3人・ミッドフィル ダー2人・フォワード5人の選手配置」という意味。かつてはそうしたフォーメーショ ンもありましたが、現在の主流は3−5−2・4−4−2などです。いずれにしても3 −2−5はフォワード多すぎ。
「多分1994年のアメリカワールドカップを想定しているんだと思うけどね。で、その 決勝戦の直前に、代表チームに多くの選手を送り込んでいるクラブチームのオー ナーが、スタジアム内のオフィスで殺害される。頭にスパイクの跡をつけられて。当 時そのスタジアムには、練習のため代表チームの選手らがいた」
「おお、ミステリーらしくなってきた」
「そこで、スポーツ記事担当の記者が、警部補に脅されて犯人をでっち上げるよう に命令される」
「え?」
「なんで一警部補に市民をこき使う権利があるのかはよくわからないが、とにかく 『金持ちや上流階級以外の人間を犯人にでっち上げろ。さもなくばおまえを逮捕す る』と言われるんだよ」
「めちゃくちゃじゃん」
「もっとめちゃくちゃになるぞ。主人公は、国連と国務省と東ドイツの秘密警察にも 脅される。それぞれの組織にとって、都合のいい人間を犯人にするように(あるい は都合の悪い人間を犯人にしないように)」
「なんで国務省や国連や秘密警察が、直接警察に圧力をかけるんじゃなくて一記 者に脅しをかけるんだよ?」
「さあ。でも、主人公はそんなこと考えずに、犯人が誰かで悩むんだよ。しかも、事 件当時スタジアムにいた容疑者たちは非協力的で、自分勝手ときている。それか ら、ヒロイン役の心理学者! こいつがひどい!」
「なんで?」
「もとはといえば、主人公が事件に巻き込まれたのはこいつのせい。こいつが被害 者を発見して、警察に通報したら、犯人扱いされるんだよ、主人公を脅した警部補 に。で、主人公は『おまえのガールフレンドを逮捕してもいいんだぞ』と言われる」
「ひでえな」
「でも当のヒロインはそんなことおかまいなしで、犯人を捕まえて警察に突き出そう とする。主人公が脅されていることも知らずに、勝手な推理を展開して。しかも主人 公が心配しているのに、『男は能力のある女に嫉妬する』といったような場違いな 理論を意地になって持ち出してくる」
「…この小説、面白いのか?」
「(あっさりと)つまんないよ。そうそう、主人公の勤める出版社の上司もひどい。結 局出てくる奴出てくる奴全員嫌な奴なのよ」
「あの、もういいので結末を聞かせてください」
「ミステリーなんで、犯人やトリックには触れませんが、ものすごい腰砕けです。ま あ、最後の方は主人公が逆切れして、容疑者に嘘をついたり鎌を掛けたりして、真 相に近づくんですけどね」
「で、ワールドカップはアメリカが東ドイツに勝つんだろ」
「あたり。しかも、リードされた終盤に『監督を兼任している40歳近いベテラン選 手』が交代出場して、彼の活躍で一気に逆転勝ち。そのプレーが事件解決の鍵に なるんだが、『そんなの被害者見たときに誰か気づけよ』と思う内容です」
「…なんか、これ以上語ってもどうかと思うので、最後にまとめてください」
「はじめは、『なんでワールドカップ開催に便乗してこの本を大々的に復刊しねえん だよ』と思った。なにせペレが書いた『ワールドカップ殺人事件』だぜ。でも、読んで みてわかった。『復刊しなくて正解だわ』って」
「はあ…。ちなみに、『ネタをばらされてもいいから犯人やトリックが知りたい!』と いう方はメールをください。真相まで語ったスペシャルトークをお送りします」


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